ジョブ型人事制度について

ジョブ型人事制度への移行で企業が直面する課題

そもそもジョブ型人事制度は海外で生まれた仕組みなので、労働慣行が全く異なる日本においてそのまま導入しようとすると、どうしても無理が生じてしまいます。具体的には、日本では一般的に新卒一括採用・ゼネラリスト型キャリアを志向し、新卒で採用した社員を長いスパンで様々な職種・部署に異動させながら経験を積ませていくという、いわば「人に仕事を紐づける」労働慣行である一方、海外では各ポジションに相応しい経験・実績を持つ即戦力人材を採用・配置し、部署間移動はほとんどない(あっても類似した部署間のみ)スペシャリスト型キャリア志向、すなわち「仕事に人を紐づける」労働慣行である、という違いがあります。

このような背景ゆえに、海外では職務をしっかりと定義してそこに人を入れ込んでいくジョブ型人事制度がマッチするのであり、日本の労働慣行を一切無視して制度だけ取り入れようとしても、例えば異動後の職務等級は現在よりも低いので報酬も下がる・・・となってしまうと、柔軟な異動が阻害され、従業員のモチベーション維持も困難になってしまいます。そのため、仕事に人を紐づけるというジョブ型人事制度の基本は維持しつつも、いかに日本の雇用慣行に合う形でアレンジしていくか・・が重要な課題となります。

 一例としては、ある一定の等級までは職能型とし、それより上の等級でジョブ型として運用する、という折衷型の制度が考えられます。新卒入社した社員はこれまで通り一定のスパンで部署間異動を繰り返しながら育成していき、本人の適性や希望などを考慮した上である程度本人の進む道が定まったところで、以降はジョブ型で運用していく、という形です。

新卒採用は職能型→ジョブ型の運用とするが、中途採用は最初からジョブ型とする、のような採用ルート別の運用も考えられるでしょう。また制度としてはジョブ型一本にするが、ある程度の異動の可能性を残しておきたい場合は、異動の可能性がある職務同士の等級をあらかじめ同一にしておく(例えば本社の人事課長と、支社の人事部長等)などの設計上の工夫も必要となります。

 いずれにしましても、ジョブ型人事制度に移行することで何を達成したいのかという目的を明確にし、常にそれを参照しながら設計と移行を進めるようにしましょう。

ジョブ型人事制度の効果的な評価基準とは

ジョブ型人事制度においては、職務の達成度合いを見る「業績評価」に加えて、職務遂行に必要な行動を取っているかという「行動評価(コンピテンシー評価)」、この両軸を評価基準として見ていくことがスタンダードとなります。

 まず「業績評価」ですが、これは期初などに本人が立てた業績目標と、当該目標に対する達成度合いとを比較することによって、職務遂行の程度を判断していくものです。これは基本的には、職能型制度においても運用されているMBO(Management by Objectives,目標管理制度)と同じである、と考えて頂いて構いません。ただ当然ながら違いもあり、それは業績目標の立て方です。

ジョブ型人事制度においては、目標は当該ジョブの職務に紐づいた具体的かつ計測可能な形で立てられなければなりません。例えば本社の人事部長というポストの職務が「自社の持続的発展のために効果的な人事戦略を策定する」であるとすると、目標は「成長著しいインド市場への参入のため、必要な人材確保のための施策を作成し、年間目標に落とし込み、実行する」といった、年度ごとにその達成度合いを測れるような形になります。

 次に「行動評価」です。これも職能型制度において運用されており特に目新しいものではありませんが、職能型制度においては「保有能力」すなわち「(実際にしているかどうかは問わず)~することができる」という部分を評価するのに対し、ジョブ型制度では「発揮能力」すなわち「(実際に)~している」というところを評価するという違いがあります。

「発揮能力」を評価することによって、職務を高いレベルで遂行できる行動に向け動機づけるとともに、将来にわたって安定的に職務を果たせる行動を開発していくという目的があります。なお評価の基準となる「行動」は、運用のしやすさも考慮し、できるだけシンプルで分かりやすいものにしておくのがベターです。例えば先ほどの人事部長の例で言えば「効果的な人事戦略の策定のため、グローバルな視点を持ち広い視野で問題に取り組んでいる」などといった基準が考えられます。

ジョブ型人事制度のリスク管理

ジョブ型人事制度でリスクが最も高いのは、運用のリスクです。職能型制度と比べ、ジョブ型人事制度は運用負荷が高いと言われています。その主な要因として挙げられるのは、職務記述書のメンテナンスです。職務記述書の粒度にもよりますが、職務記述書のメンテナンスには、どうしてもある程度の労力を必要とします。例えば新たなポストができたり、既存のポストの役割が変わったりするとその都度職務記述書をメンテナンスしなければなりませんが、その労力が確保できず、現状と制度との間でどんどん齟齬が広がっていき、結果としてうまく運用できなくなってしまった・・という例はよく聞きます。

このリスクを避けるためには、ジョブ型人事制度の導入時に運用負荷と運用にかけられる労力とを予め見極めておき、それに見合った形で職務記述書運用のスキームを定めておく必要があります。もちろん、すべての職務毎に職務記述書を作成し、しっかりメンテナンスもしていくのが理想ではありますが、そうでなければジョブ型人事制度ではない、というわけでは必ずしもございません。

例えば、運用負荷を考慮してあえてすべての職務には記述書を作らないようにしているという企業もありますし、一定の等級以上の職務記述書は詳細に定めつつ、それ未満の等級については等級毎で一括りにした職務記述書とする、といった例もあります。

 また、併せて人事部門の機能・役割も見直しておく必要があります。例えば人事部が中央集権的に人事権を握り、採用や配置も全て決めているというシステムは、新卒を一括で採用し、定例的に異動を繰り返していくという職能型制度では整合的だったかもしれませんが、ジョブ型人事制度で当該システムを動かそうとすると人事部にかかる負担が非常に大きくなります。

またジョブ型人事制度は「職務に人を紐づける」システムですから、職務に対する深い理解がなければ適正な人材配置が難しくなります。そのため、例えば事業部門にHRBP(Human Resource Business Partner,事業部門における人事責任者)を置いて、人事権をある程度委譲し、人事部門は人事の専門部署として全社的な視点からその補助(場合によっては異議も唱える)に徹するという形も、ジョブ型人事制度における人事部門の取りうる姿かと思います。

まとめ

このように、ジョブ型人事制度を導入するにあたっては乗り越えるべき課題やリスクが多々あります。ただこの制度は、キャリア自律を図れるという点で自身の価値観・生き方を重視してキャリアを築いていく昨今の労働観にマッチしておりますし、事実上の国際標準となっている制度でもあることから、グローバルな労働市場にも対応できるものです。また少子高齢化により労働力が不足している今、「職務」を中心に組み立てていくジョブ型人事制度であれば、多様な人材を働き手として迎えることができる可能性が高まります。

ジョブ型人事指針』にも記載がある通り、日本でも富士通や日立製作所といった歴史ある会社から、メルカリといった新しい会社まで導入が進んでいます。今回の記事が、ジョブ型人事制度導入に向けての契機となれば幸いです。

参考『ジョブ型人事指針』

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/jobgatajinji.pdf

ページ:
1

2

コメントは利用できません。

宮嶋社会保険労務士事務所ではじめるキャリア

採用情報はこちら