研修費用の負担はどうやって決める?

弊所にもお客様から、時おり下記のようなご質問をいただくことがあります。

「会社で、セミナー費用を負担いたしますので5年間、自社で勤務してください。この条件がクリアできたら掛かった授業料を会社で負担します。」と、いう制度を作りたいのですが、問題ないでしょうか?もし5年以内に、退職してしまったら、かかった費用は全額返金してもおうと考えています。。その際にはその旨の同意書をきちんと結ぼうと考えております。これは何か法的に問題がありますか?」

以上の制度が、法的に問題があるかを検討するに当たって、いくつかの論点がありますが、まず地裁の一つの判例を取り上げて3つの論点について考えていきたいと思います。

この事件は、会社がセミナーの受講料と受講に必要な交通費及び宿泊費を貸しつけ、受講終了後2年間の雇用契約の継続を引き換えにセミナー受講料を免除するといった制度について、違約金の定めに当たり支払い義務は生じないとのことが争われたものです。(ダイレックス事件 長崎地裁 令3.2.26

そのセミナー受講は業務なのか業務ではないのか

まず1点目として、そのセミナーの受講が、業務なのか業務ではないのかという点があります。

ダイレックス事件では会社が『その研修は親会社主催のものであり、会社として従業員のキャリアアップ制度として位置付けていたもの』で、上長から『このセミナーは正社員に登用されるための条件であるので参加するように』との指示があったものでした。

また、本件セミナーへの出欠及び入退室時刻を管理され、出欠席の自由は許されていないといったような状況下で行われていましたので、当該セミナーは従業員としても業務性が極めて強いと判断されました。

合意書面の有効性

2点目ですが、返還することに合意した書面が有効であるかという点です。

原則的な考えとして

「労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、このような場合における労働者の同意の有無は、当該変更がもたらす不利益の内容及び程度、労働者が変更を受け入れた経緯及びその態様、労働者への事前の情報提供や説明の内容等に照らして、労働者が自由な意思に基づいて当該変更を受け入れたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、慎重に判断すべきである。」

とされています。

この場合の労働条件の変更とは、『研修費の貸しつけ』ということになりますが、書面での支払義務を負うとの合意はありました。しかしながら、会社は事前にその内容に関する情報や説明を行っておらず、またその額も明示されていないといった合意書面でした。

これらを考慮すると、労働者が自由な意思に基づいて当該変更を受け入れた合意があったと認めることは難しいと考えられます。

セミナー受講に意義と意味はあるのか

最後に3点目。そのセミナーを受講することに汎用性があるかという点です。

会社は本件セミナーを登録販売者(一般用医薬品の販売ができる医薬品販売の専門資格者)としてのスキルアップの為のものであると主張していますが、実際のセミナーの内容は、親会社のPB商品を扱うものでした。そこで学んだ知識が、たとえば転職に役立つとは考えられません。

このようなセミナーの受講料を貸しつけ、その返還を引換えに従業員の身分を長期間拘束することは、労働契約法第16条(賠償予定の禁止)に違反する行為であり、不当であると判断されています。

まとめ

以上、セミナーの受講費用を従業員に返還求める制度に法的に問題があるか、という観点を考える際の参考として、一つの判例を見てみました。

お客様からのご質問に、「退職を届け出た従業員から退職に至るまでの間に、駆け込みで請求出来る限りの資格試験を受講してその受検料を会社に請求した」という事例があります。

会社が資格試験の受検料を負担する目的は、業務に生かせる知識・技能を取得して会社に貢献してもらいたいといったものであると考えますが、退職を決めた従業員の受験料をを肩代わりすることは、本来の趣旨から外れたものになるでしょう。

セミナーの受講費用や資格試験の受検料を会社が負担するという制度設計は、慎重に構築することが必要と考えられます。お悩みの際は、ぜひ宮嶋社会保険労務士事務所にご相談ください。

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