プロマーケットが全国に広がる時代、労務対策の重要性は変わらない――東証・福証・札証、どの市場でも問われる「労務の実態」

Point
  • 日本の3つのプロ向け市場(東証・福証・札証)は、いずれも緩和された形式基準とアドバイザー制度を特徴とし、成長企業のスピーディーな上場と一般市場へのステップアップを支援する仕組みとして機能している。
  • プロマーケットは財務基準こそ緩和されているものの労務管理は一般市場と同水準で問われ、特に地方企業は慣行・専門家不足・急成長期の混乱による労務リスクに注意が必要。
  • 労務対策は、労務DDの早期かつ自主的な実施、規程と運用の一致、そして労務リスクを経営情報として定期報告するという3本柱を確実に整えることが重要である。

はじめに――プロマーケットが「全国」へ広がった

2026年6月30日、札幌証券取引所が新市場「Sapporo PRO Frontier Market(サッポロ・プロ・フロンティア・マーケット)」を開設します。2012年開設の東京証券取引所TOKYO PRO Market(TPM)、2024年12月開設の福岡証券取引所Fukuoka PRO Market(FPM)に続く、国内3つ目のプロ向け市場の誕生です。

TPMは現在約180社が上場しており、累計では230社を超える企業が活用してきた市場として、地方企業や中堅スタートアップの資金調達ルートとして定着しつつあります。今回の札幌の参入により、プロマーケットはいよいよ「一部の先進企業が使う特殊な市場」から、スタートアップ・成長企業の現実的な上場手段として全国に広がる段階に入りました。

こうした変化の中で、経営者・CFO・人事幹部にあらためて認識していただきたいことがあります。市場がどこであれ、上場の入口である審査において、労務管理の実態は必ず問われるということです。

本コラムでは、プロマーケット各市場の特徴を整理しながら、どの市場でも共通して求められる労務対策の本質をお伝えします。

プロマーケット3市場の概要と特徴

① TOKYO PRO Market(東京証券取引所)

2012年に開設された国内初のプロ向け市場です。機関投資家や特定投資家(プロ投資家)のみが取引できるため、一般市場に比べて上場基準の形式要件が大幅に緩和されています。株主数・時価総額・業績の数値基準がなく、代わりにJ-Adviser(東証公認の上場支援機関)が実質基準を審査します。

東証市場改革以降、審査の実質的な厳格化が進んでおり、財務・法務・労務の各DDが上場申請前の必須プロセスとして定着しています。一般市場へのステップアップ上場を見据えた企業にとって、準備段階のキャリアパスとしての活用が広まっています。

② Fukuoka PRO Market(福岡証券取引所)

2024年12月16日に開設された国内2つ目のプロ向け市場です。現在15社程度が上場しています。TPMと同様に形式基準はなく、実質基準での審査が行われます。対象は九州・福岡の企業に限らず、全国の成長企業が上場を目指せる市場として設計されており、一般市場(本則市場・Q-Board)へのステップアップ上場を視野に入れた企業の登竜門として機能しています。

審査はF-Adviserと呼ばれるTPMのJ-Adviserに相当する機関が担当します。TPMで蓄積されたプロマーケットの審査ノウハウを参考にした制度設計となっており、労務DDを含む実質審査の考え方はTPMと親和性が高いといえます。

③ Sapporo PRO Frontier Market(札幌証券取引所)

2026年6月30日開設の最新市場です。北海道を拠点とする「ミドル期」から「レイター期」のスタートアップを主な対象とし、年間2社程度の上場を目指しています。東証TPMのシステムを利用して運営されるため、審査の考え方はTPMと親和性が高いとされています。

TPMのJ-Adviser、FPMのF-Adviserに相当する機関として、Sapporo PRO Frontier Marketでは「S-Adviser」が置かれています。S-Adviserは札証から委託を受け、上場前の上場適格性の調査・確認、上場後の適時開示の助言・指導、上場維持要件の適合状況の調査を担います。上場を目指す企業はS-Adviserと契約し、二人三脚で上場準備を進める仕組みです。開設時点でフィリップ証券・宝印刷・日本M&Aセンター・船井総研・ジャパンインベストメントアドバイザーなど7社がS-Adviserとして承認されています。

上場申請から承認までは最短10日間と短く、監査期間も一般市場の2年に対して1年に短縮されるなど、スピーディーな上場が可能な設計となっています。北海道内のインキュベーション施設・コワーキング施設との連携も想定されており、スタートアップエコシステムのハブ機能を担うことが期待されています。

市場は違っても「労務の実態」は必ず問われる

プロマーケットの「緩和された基準」は財務だけの話

プロマーケットの最大の特徴は、株主数・時価総額・純資産・利益などの形式基準がないことです。しかしこれは、あくまで「財務数値の基準がない」という意味に過ぎません。

労務管理の適法性・実効性については、一般市場と同水準の確認が行われます。

J-Adviserが実施する実質審査の5つの基準のうち、「法令遵守体制の整備」「内部管理体制の整備」はいずれも労務管理に直結します。社内規程の整備・運用、内部管理に必要な人員配置、法令遵守のための社内体制が確認されます。「財務基準がないから審査は楽だろう」という誤解は、労務の観点から見ると危険な思い込みです。

労務DDは上場申請前の「前提条件」

TPMをはじめとするプロマーケットでは、J-Adviserや監査法人が本格的に関与する前段階から、労務DDの実施が実務上の前提となっています。具体的には法務DD・労務DD・会計DDが完了していることが上場申請の前提条件となります。

労務DDで確認される主な項目は以下の通りです。

  • 雇用契約書・就業規則・各種労使協定の整備状況と法令適合性
  • 時間外労働の実態(勤怠記録とPCログ・入退室記録の整合性を含む)
  • 未払い残業代・社会保険料の適正処理
  • ハラスメント防止体制の整備と実効性
  • 管理監督者の適正な範囲の充足
  • 雇用形態(正社員・契約社員・業務委託)の適法な区分け

これらの項目は東証一般市場の審査で問われる内容と実質的に同じです。市場の規模や知名度が異なっても、「プロ投資家の資金を預かる企業」として求められる労務管理の水準は変わりません。

地方企業が特に注意すべき「労務の落とし穴」

多くの事例として、地方企業には都市部企業とは異なる特有のリスクがあります。

① 慣行として続いてきた労務管理の「見えない違反」

地方の中堅・スタートアップ企業では、長年の慣行として「みんなやっているから」という意識で続いてきた労務管理が、実は法令違反であるケースが少なくありません。例えば、役職者全員を「管理監督者」として扱い残業代を払わない慣行、自己申告による勤怠管理、口頭での労使合意などが典型例です。

こうした「見えない違反」は、日常業務では表面化しません。しかし労務DDで初めて可視化され、未払い残業代の試算額が数千万円規模になるケースも珍しくありません。

② 労務専門家へのアクセスの課題

都市部と比べ、IPO実績のある社会保険労務士・弁護士へのアクセスが限られる地方企業では、「上場を意識した労務体制の構築」という視点でのアドバイスを受けにくい環境があります。

一般的な労務顧問は日常の手続き対応が主であり、審査の目線での規程整備・リスク洗い出しは専門性が異なります。上場準備を始めた段階で、IPO労務に精通した専門家との連携体制を早期に構築することが不可欠です。

③ 組織拡大期のリスク集中

プロマーケット上場を目指す「ミドル期・レイター期」のスタートアップは、組織が急拡大する時期と重なります。採用が加速する一方で、雇用契約の整備・入社手続き・社会保険加入が追いつかないケースが頻発します。

採用した人材の雇用形態が曖昧なまま業務が始まり、後から「実態は雇用関係だった」と指摘される、いわゆる「偽装請負」問題も、急成長期の企業に多く見られるリスクです。

どの市場を目指すにも共通する「労務対策の3本柱」

1. 労務DDを「早期かつ自主的に」実施する

最も重要なのは、J-AdviserやF-Adviser・S-Adviserが委託する専門家による労務DDを「受ける前に」、自社で先行して問題を洗い出しておくことです。

受け身の労務DDは問題の発覚にとどまりますが、自主的に先行実施すれば是正の時間を確保できます。未払い残業代の試算・是正、36協定の運用整備、管理監督者の見直しなどは、是正に数か月から1年以上かかるケースもあります。上場を意識し始めた段階で、すぐに着手することが損失最小化の鍵です。

2. 「規程の整備」と「運用の実態」を一致させる

多くの企業が陥るのは、就業規則・各種規程を整備したにもかかわらず、現場の運用が規程と乖離しているという状態です。審査担当者は規程の存在だけでなく、実際に運用されているかを確認します。

規程と運用の乖離が発覚した場合、「形だけ整えた企業」という評価につながり、内部管理体制全体への不信感を生みます。規程改訂後は、周知し、正しく運用されているかを確認し実績を積み上げてください。

3. 労務リスクを「経営情報」として定期報告する

どの市場のプロマーケット審査でも、「経営陣が労務リスクを認識・管理しているか」が問われます。現場任せの労務管理は、ガバナンスの観点から大きなリスクとなります。

残業時間の推移・ハラスメント相談件数・離職率・未処理の労使協定の有無などを、経営会議の定例報告事項として組み込んでください。これが「取締役会レベルでの実効的な議論」の証拠となり、審査での評価に直結します。

チェックリスト:プロマーケット上場前の労務整備確認

市場を問わず、以下の項目を経営幹部・人事担当者で確認してください。

□ 雇用契約書が全従業員(正社員・契約社員・パート・アルバイト)と締結されている
□ 就業規則が最新の法令に対応して整備され、従業員に周知されている
□ 36協定が適切に締結・届出され、実際の残業時間が上限内に収まっている
□ 勤怠データとPCログ・入退室記録の突合が定期的に行われている
□ 直近3年分の未払い残業代リスクを試算・確認済みである
□ 管理監督者として扱っている役職者の範囲の充足を専門家に確認済みである
□ 社会保険・雇用保険の加入状況に漏れがない
□ 業務委託契約者との関係が「偽装請負」に該当しないことを確認済みである
□ ハラスメント防止規程・相談窓口が整備され実効的に機能している
□ 労務リスクが経営会議で定期的に報告・議論されている

おわりに――プロマーケットの広がりは「チャンス」であり「問われる機会」でもある

東証・福証・札証と、プロマーケットが全国に広がることで、これまで上場を遠い目標と感じていた地方のスタートアップ・中堅企業にとって、資本市場へのアクセスは確実に近づいています。

しかしそれは同時に、「プロ投資家の目線で経営を問われる機会」が全国に広がることでもあります。財務基準のないプロマーケットにおいて、企業の実力を示す最も重要な指標の一つが、労務管理の質です。

「市場が小さいから」「地方だから」「まだ規模が小さいから」という理由で労務管理を後回しにすることは、上場の機会を自ら遠ざけることと同義です。

宮嶋社会保険労務士事務所では、TPMをはじめとするプロマーケットへの上場を目指す企業に対して、労務DDの早期実施から体制整備・審査対応まで一貫してサポートしております。「どの市場を目指せばいいかまだ決まっていない」という段階からでも、労務の観点からの準備についてご相談ください。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
2000年、28歳で未経験ながら宮嶋社会保険労務士事務所を開設。
証券会社にて公開引受審査の監修や実査を行い、IPO労務支援の先駆者として多くの企業の上場を支援する。自身も上場企業の役員の経験があり、審査する側とされる側の経験を持つ稀有な存在。
企業のビジネスモデルを踏まえた、形式だけではない実質基準のコンサルティングを行い、高い信頼と評価、そして実績を残している。
開業時から多くのスタートアップの支援を行い、近年では、大学発スタートアップのコミュニティの支援も行っている。