企業不祥事が絶え間なく報道されている昨今、またハラスメントに対する社会の目もより厳しくなってきています。証券会社、J-Adviserの方々と意見交換すると、ハラスメントは一発レッドカードとして認知されている話をよく聞きます。今回は上場を延期どころか、社長を含む経営陣を一気に刷新しないと前に進めなくなる可能性があるハラスメントについてのお話です。
はじめに――「うちにはハラスメントはない」という思い込みが最大のリスク
上場審査の現場で、私はこんな場面を何度も目にしてきました。
労務DDの担当者から「ハラスメントに関する相談窓口はありますか?」と聞かれた経営者が、「うちはそういう体質ではないので問題ありません」と自信をもって答える場面です。
しかし担当者の表情は変わりません。なぜなら、その答え自体が「体制が整っていない」ことの証明になってしまうからです。
上場審査において、ハラスメント対策は「あってよかった制度」ではなく、「なければ上場できない基盤」として位置づけられています。そして今、審査のポイントは「規程の有無」から「実際に機能しているか」へとその重要度は増しています。
本コラムでは、CFOや人事担当幹部の方に向けて、ハラスメントリスクが上場審査にどう影響するか、そして経営課題として対処するための実務的な体制整備のポイントをお伝えします。
ハラスメントが「上場を止める」メカニズム
審査で問われる3つの観点
ハラスメント問題は主に以下の3つの観点から評価されます。
① コーポレート・ガバナンスの実効性
管理職の不適切な言動が放置されている企業は、内部統制が機能していないと判断されます。「知らなかった」では済まされず、経営陣がリスクを把握・管理できているかが問われます。
② 継続企業の前提(ゴーイングコンサーン)への影響
ハラスメントが原因で主要人材が離職したり、訴訟リスクが顕在化したりすると、事業継続性に疑義が生じます。特にIPO準備中の企業では、キーパーソンの突然の退職が審査の致命傷になることがあります。
③ 法令遵守体制の整備状況
2020年施行のパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)により、企業のハラスメント対策義務は法定化されています。相談窓口の設置・周知、対応フローの整備が「やっているかどうか」だけでなく、「実際に機能しているか」まで審査されます。
実際にあった上場延期のケース
ある上場準備企業では、営業部長の「それくらいもできないのか」「お前は使えない」といった日常的な叱責が、複数の部下から相談窓口に申告されていました。しかし相談窓口は形式上設置されていただけで、申告内容が経営層に上がる仕組みがなく、問題は放置されていました。
上場準備の過程でこの事実が発覚し、結果として上場申請を1年延期。体制の再構築と再発防止策の実施が求められました。
管理職一人の「うっかり発言」ではなく、それを見過ごした「組織の仕組みの欠如」が問題だったのです。

なぜ「規程を作るだけ」では足りないのか
多くの上場準備企業が陥るのが、「ハラスメント防止規程を作成し、相談窓口を設置すれば対策完了」という誤解です。
審査担当者が実際に確認するのは以下の点です。
- 相談窓口に実際に申告が来ているか(来ていない場合、機能していないと見られる)
- 申告があった場合の対応フロー・記録が残っているか
- 管理職向けのハラスメント研修が定期的に実施されているか
- 研修の受講記録・理解度確認が整備されているか
- 経営陣がハラスメントリスクを定期的に報告・議論しているか
特に見落とされがちなのが「申告がゼロ」の状態への評価です。申告がないのは「健全な職場の証明」ではなく、「申告しにくい雰囲気がある」あるいは「窓口の存在が周知されていない」と判断されるケースが少なくありません。
経営課題としてのハラスメント対策:CFO・人事幹部が押さえるべき5つのポイント
1. ハラスメントリスクを「労務コスト」として数値化する
CFOの視点からは、ハラスメント問題を「コンプライアンスの話」として人事部門に丸投げするのではなく、財務リスクとして認識することが重要です。訴訟になった場合の損害賠償額、調査費用、弁護士費用、さらに上場延期による機会損失を合算すると、その金額は体制整備コストの数十倍になることがあります。ハラスメント対策への投資は「コスト」ではなく「リスクヘッジ」です。
2. 相談窓口を「形式」から「実質」へ転換する
窓口担当者のトレーニング、外部相談窓口(社労士・弁護士)の活用、匿名申告の仕組みの整備――この3点が揃って初めて「機能している窓口」と評価されます。特に社内担当者だけに頼る構造は、申告者が「上司と担当者が近い」と感じた瞬間に機能しなくなります。外部専門家との連携は、信頼性の担保という意味でも有効です。
3. 管理職研修を「年1回のイベント」にしない
研修の形骸化は、審査担当者が最も厳しく見るポイントのひとつです。効果的な管理職研修には以下が含まれることが望ましいです。
- 具体的な事例を用いたロールプレイング
- 研修後の理解度テスト
- 半年・1年後のフォローアップ研修
また、新任管理職への就任時研修を必須化することも、体制の実効性を示す有力な証拠になります。
4. 経営会議にハラスメント報告を組み込む
「ハラスメントの申告件数・対応状況」を経営会議の定例報告事項にすることで、経営陣がリスクを継続的に把握していることを記録として残せます。これは審査時に「ガバナンスが機能している証拠」として非常に有効です。議事録に残すことを習慣化してください。
5. 上場後を見据えた「文化醸成」まで射程に入れる
上場審査をクリアすることはゴールではありません。上場企業となった後は、株主・投資家・社会からのガバナンス要求が一段と高まります。ハラスメントのない職場文化は、優秀な人材の採用・定着にも直結します。上場後の企業価値向上を見据えると、体制整備は「審査のための準備」ではなく「経営の基盤」として位置づけるべきです。

チェックリスト:上場審査前に確認すべきハラスメント対策の整備状況
以下の項目を経営陣・人事幹部で確認してみてください。
□ ハラスメント防止規程が最新の法令に対応して整備されている
□ 相談窓口が設置され、全従業員に周知されている
□ 管理職向けのハラスメント研修が年1回以上実施され、受講記録がある
□ 新任管理職への就任時ハラスメント研修が必須化されている
□ 申告件数・対応状況が経営会議で定期報告されている
□ 申告者への不利益取扱いを禁止するルールが明確に定められている
ひとつでも「できていない」項目があれば、上場申請前に対処が必要です。
おわりに
「うちの管理職はそんなことしない」という確信が、最も危険な思い込みです。
問題は、悪意ある管理職より、「これくらいは普通だ」と思い込んでいる管理職の方がはるかに多いという現実です。本人に自覚がないからこそ、組織の仕組みで防ぐしかありません。
ハラスメント対策を人事部門の課題として閉じるのではなく、CFO・経営幹部が財務・ガバナンスの観点から関与する経営課題として捉え直すことが、上場審査をクリアし、その後の持続的な企業成長につながります。
宮嶋社会保険労務士事務所では、IPO審査を見据えたハラスメント対策の体制構築から、管理職研修の設計・実施支援まで、一貫してサポートしております。「今の体制で大丈夫か不安」という方は、ぜひ一度ご相談ください。
投稿者プロフィール

- 代表社員
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2000年、28歳で未経験ながら宮嶋社会保険労務士事務所を開設。
証券会社にて公開引受審査の監修や実査を行い、IPO労務支援の先駆者として多くの企業の上場を支援する。自身も上場企業の役員の経験があり、審査する側とされる側の経験を持つ稀有な存在。
企業のビジネスモデルを踏まえた、形式だけではない実質基準のコンサルティングを行い、高い信頼と評価、そして実績を残している。
開業時から多くのスタートアップの支援を行い、近年では、大学発スタートアップのコミュニティの支援も行っている。



