【社労士解説】副業・兼業解禁は制度設計が大事。失敗するとIPOが遠のく── 管理規程なき兼業容認が招く致命的な論点

Point
  • 副業・兼業は「解禁」と「管理」が別であり、管理体制に不備があると労務DDで「労務管理体制の未整備」としてIPO審査に影響する。
  • IPO審査で致命傷となるのは、副業管理における「規程不備」「申請・許可記録の欠如」「労働時間の通算管理の未実施」という3つの設計ミスである。
  • 副業リスクを抑えるために、副業・兼業管理規程の整備、申請・許可書の書面管理、競業・情報漏洩リスクの審査、労働時間の通算管理、定期的な状況確認の5つを早期に整備することが重要。

はじめに:「副業解禁」は手段であって、ゴールではありません

近年、副業・兼業の解禁はスタートアップにとってほぼ「当たり前」の施策となっています。優秀な人材を獲得するための競争力のある労働条件として、また、個人の成長や収入多様化を支援する企業姿勢のアピールとして、「副業OK」を打ち出す企業は急増しています。

しかし、IPO(新規株式公開)を目指す段階になると、この「副業解禁」が思わぬリスクの温床に変わるケースが後を絶ちません。

引受審査や労務デューデリジェンス(以下、労務DD)では、「副業を解禁しているか」ではなく、「副業をどのように管理しているか」が問われます。管理の実態が伴わない「解禁だけ」の状態は、審査において重大な指摘事項になり得ます。

本コラムでは、スタートアップが陥りやすい副業・兼業管理の設計ミスと、IPO審査で致命傷になるポイントを整理したうえで、今すぐ取り組むべき実務対策をご説明します。

第1章:なぜ「副業解禁」がIPO審査のリスクになるのか

「解禁」と「管理」は別物です

副業・兼業を巡る法的整理は、2018年に厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定して以来、大きく前進しました。2022年には同ガイドラインが改定され、企業が副業を制限・禁止する場合には、その合理的な理由を説明できなければならないという方向性が明確化されています。

こうした流れを受けて「副業OK」の就業規則に改定した企業は多いのですが、問題はその先です。

【副業解禁で見落とされやすいこと】 「副業を認める規定を設けること」と「副業を適切に管理する体制を整えること」は、まったく別の作業です。前者だけを行い、後者を放置している企業が、痛い指摘を受ける可能性があります。

労務DDで確認される「副業管理」の実態

引受審査・労務DDでは、副業に関して主に以下の点が確認されます。

  • 副業・兼業に関する就業規則・社内規程が整備されているか
  • 副業の申請・許可プロセスが書面で記録されているか
  • 競業他社への就労や情報漏洩リスクの審査が行われているか
  • 労働時間の通算管理(他社分を含む)が適切に行われているか

これらのいずれかが欠けている場合、「労務管理体制の未整備」として審査に影響します。

第2章:IPO審査で致命傷になる「副業管理の設計ミス」3パターン

パターン① 規程がない、またはひな型のまま

最も多く見られるのが、副業許可に関する規程が存在しないケースです。「就業規則に『副業を認める場合がある』と一文追加しただけ」「ネットのひな型をそのまま使っており、自社の実態と合っていない」といった状態です。

就業規則に副業を認める旨の記載があるだけでは不十分です。「何を申請させるのか」「何を基準に許可・不許可を判断するのか」「許可後に状況が変わった場合の届出義務」──これらを定めた副業管理規程(または就業規則の詳細規定)が必要です。

パターン② 申請・許可の記録が残っていない

口頭で「副業していいよ」と伝えるだけで、書面による申請書・許可書が存在しないケースです。実態として副業を認めていても、その記録が残っていなければ、審査では「管理されていない」と判断されます。

特に問題になるのが、在職中に競合他社の業務を受託していたケースや、副業先で自社の営業秘密・顧客情報が利用されていた疑いがある場合です。許可記録がなければ、「会社として認識・管理していなかった」ということになり、内部統制の観点から深刻な指摘を受けます。

パターン③ 労働時間の通算管理が行われていない

副業・兼業を認める場合、労働基準法第38条に基づき、本業と副業の労働時間は通算されます。通算した結果、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える部分については、時間外割増賃金の支払い義務が生じます。

この「労働時間の通算管理」を適切に行っていないまま副業を認めていると、未払い残業代が発生しているリスクがあります。IPO審査では未払い残業代の有無が必ず確認され、通算管理の不備が発覚すれば、遡及して計算・支払いを求められる可能性があります。

【ご注意】副業を「解禁した」企業の中には、労働時間通算の義務を認識していないケースが少なくありません。IPO直前期に発覚すると、影響範囲の特定と是正対応に多大な時間とコストがかかります。

第3章:今すぐ整備すべき5つの実務対策

以下の5項目を早期に整備することで、リスクを大幅に低減することができます。

対策① 副業・兼業管理規程を整備する

就業規則とは別に、副業・兼業の申請・許可・報告・禁止事項を定めた管理規程を策定してください。規程に盛り込むべき主な内容は以下の通りです。副業を認める・認めない条件の明示、申請から許可までのフロー、許可後の変更・終了の届出義務、そして違反した場合の取り扱いです。これらが明文化されることで、個別判断のバラつきがなくなり、審査での説明も容易になります。

対策② 申請書・許可書を書面で残す

すべての副業申請について、申請書(副業先の社名・業務内容・想定稼働時間)と許可書(許可の可否・条件)を書面で管理してください。紙でもデジタルでも構いませんが、日付・申請者・承認者が明確に記録されていることが重要です。過去に口頭で認めていた副業については、遡及して確認書を取得しておくことをお勧めします。

対策③ 競業・情報漏洩リスクの審査プロセスを設ける

副業申請を受けた際に、競業避止の観点と情報漏洩リスクの観点から審査するプロセスを組み込んでください。特に確認が必要なのは、副業先が自社の競合・取引先・顧客ではないか、自社の技術・営業情報が使用される業務ではないか、副業による本業への支障(疲労・集中力低下)がないかの3点です。審査の観点と判断基準を文書化しておくことで、審査の一貫性が保たれます。

対策④ 労働時間の通算管理を実施する

副業を認めた社員については、副業先の労働時間を申告させ、本業との通算管理を行ってください。副業先が「業務委託」の場合は労働基準法の通算対象外ですが、雇用契約(アルバイト・パート含む)であれば通算が必要です。通算の結果、時間外労働が発生している場合は、割増賃金の適切な支払いを確認してください。

対策⑤ 定期的な状況確認の仕組みをつくる

副業許可は一度取得すれば終わりではありません。許可後も定期的(年1回以上)に副業の継続状況・内容変更・労働時間の報告を義務づけてください。副業先の変更や業務内容の拡大が生じた際には、再申請・再許可のプロセスを踏むよう周知することが重要です。定期確認の記録もファイリングしておくと、審査での説明がスムーズになります。

IPO準備企業のための対策チェックリスト(副業・兼業管理編)

確認項目内容
① 副業管理規程就業規則とは別に、申請・許可・禁止事項が明示されているか
② 申請書・許可書書面で記録し、日付・申請者・承認者が明確か
③ 競業・情報漏洩審査審査の観点と判断基準が文書化されているか
④ 労働時間の通算管理雇用型副業について本業との通算が行われているか
⑤ 未払い残業代の確認通算による時間外労働に割増賃金が支払われているか
⑥ 定期確認の仕組み年1回以上の状況報告と変更時の再申請が義務づけられているか

まとめ:「解禁」の先にある「管理設計」が、上場への道を開きます

副業・兼業の解禁は、優秀な人材を惹きつけ、組織の活力を高める有効な施策です。しかし、IPOを目指すフェーズにおいては、解禁と同時に管理体制を整えることが不可欠です。

管理規程の整備、申請・許可記録の保管、労働時間の通算管理──これらは一度仕組みを作ってしまえば、その後の運用負荷は決して大きくありません。逆に、整備されていない状態でIPO直前期を迎えると、過去に遡った是正対応が必要になり、時間・コスト・審査スケジュールの全てに影響が出ます。

副業解禁の方針を打ち出している、あるいは打ち出そうとしているIPO準備企業の皆様は、ぜひ今のタイミングで管理体制の見直しを進めてください。現状の副業管理体制に不安を感じていらっしゃる方は、ぜひ一度ご相談ください。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
2000年、28歳で未経験ながら宮嶋社会保険労務士事務所を開設。
証券会社にて公開引受審査の監修や実査を行い、IPO労務支援の先駆者として多くの企業の上場を支援する。自身も上場企業の役員の経験があり、審査する側とされる側の経験を持つ稀有な存在。
企業のビジネスモデルを踏まえた、形式だけではない実質基準のコンサルティングを行い、高い信頼と評価、そして実績を残している。
開業時から多くのスタートアップの支援を行い、近年では、大学発スタートアップのコミュニティの支援も行っている。