IPOを目指す企業が業務委託契約で見落としがちな労務リスク

Point
  • IPOを目指す企業にとって、事業の成長速度を支える業務委託契約(準委任・請負)の活用は不可欠だが、「偽装請負」のリスクと「フリーランス新法」への対応不備には要注意。
  • 「偽装請負」と判断された場合、労働基準法・労働者派遣法・職業安定法違反による罰則や行政指導・企業名公表といったレピュテーションリスクに晒される。
  • 「フリーランス新法」への対応の遅れは、行政指導や罰則のリスクに加え、上場準備における「法令遵守意識の低さ」ならびに「内部管理体制の不備」として評価される可能性がある。
  • 上場を目指す企業は「業務委託契約の実態把握」「偽装請負リスクの解消と運用の分離徹底」「フリーランス新法への対応体制構築」の3つのステップで業務委託リスクを管理し、フリーランス新法に備える必要がある。

IPO(新規上場)を目指す企業にとって、事業の成長速度を支える業務委託契約(準委任・請負)の活用は不可欠です。しかし、この柔軟な体制の裏側には、上場審査で最も厳しくチェックされる重大な労務リスク、すなわち「偽装請負」のリスクと、「フリーランス新法」への対応不備という二重の壁が立ちはだかっています。

IPO実現のためには、形式的な契約書整備に留まらず、業務実態を含めた労務コンプライアンスの徹底が絶対条件です。業務委託契約が「雇用契約」と見なされる「偽装請負」は、上場審査を遅延、あるいは停止させる決定的な要因となり得ます。

1. 業務委託が「雇用」と判断される「偽装請負」リスク

「偽装請負」とは、契約形態は業務委託や請負であっても、その実態が労働基準法上の「雇用」関係に該当することです。労働者性が認められた場合、企業は過去に遡って残業代、有給休暇、社会保険料(企業負担分)、源泉徴収の追加納付といった莫大なコストと、労働基準法・労働者派遣法・職業安定法違反による罰則や行政指導・企業名公表といったレピュテーションリスクに晒されます。これは、資本市場への信頼性を問われるIPOにおいて致命傷となります。

1.1. 厚生労働省が示す「労働者性」の判断基準

IPO審査における「偽装請負」の判定は、形式的な契約書ではなく、労務提供の実態が主に使用従属性(指揮監督下の労働と報酬の労務対償性)を有するか否かによって判断されます。IPOを目指す企業が最も留意すべき、厚生労働省の「労働基準法の『労働者』の判断基準に関する研究会報告」(昭和60年12月19日)に基づく詳細な判断基準は以下の通りです。この基準において、「肯定する要素」が多いほど、労働者と判断されるリスクが高まります

I. 使用従属性に関する判断基準(最も重要)
1. 指揮監督下の労働
判断要素労働者性を肯定する要素(リスク大)労働者性を否定する要素(リスク小)
イ. 諾否の自由の有無具体的な仕事の依頼を拒否する自由がない。具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して諾否の自由がある。
ロ. 業務遂行上の指揮監督の有無業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けている。運送経路、出発時刻の管理、運送方法の指示等がなされている(傭車運転手の場合)。業務の進捗状況を本人からの報告等により把握、管理している(在宅勤務者の場合)。通常の注文者が行う程度の指示等に止まる。業務遂行に裁量が広く認められている。
ハ. 拘束性の有無勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されている。勤務場所及び勤務時間が指定、管理されていない。
ニ. 代替性の有無本人に代わって他の者が労務提供を行うことが認められていない。本人に代わって他の者が労務を提供することが認められている、又は自らの判断で補助者を使うことが認められている。
2. 報酬の労務対償性
労働者性を肯定する要素(リスク大)労働者性を否定する要素(リスク小)
報酬が時間給を基礎として計算される等、労働の結果による較差が少ない。欠勤時に応分の報酬が控除される、残業時に別途手当が支給される。報酬に固定給部分がある等、生活保障的要素が強い。報酬が出来高払いである。報酬が労働の結果による較差が大きい。
II. 労働者性の判断を補強する要素
判断要素労働者性を肯定する要素(リスク大)労働者性を否定する要素(リスク小)
1. 事業者性の有無業務に必要な機械、器具、末端機器等を会社が無償貸与している。報酬の額が同種の正規従業員に比して同等または低い。本人が著しく高価な機械、器具を所有している。報酬の額が同種の正規従業員に比して著しく高額である。
2. 専属性の程度他社の業務に従事することが制度上制約され、または時間的余裕がなく事実上困難である。契約上他社への就業禁止が定められておらず、実際に他社の業務に従事している。
3. その他採用、委託等の際の選考過程が正規従業員とほとんど同様である。報酬について給与所得としての源泉徴収を行っている。労働保険の適用対象としている。服務規律、退職金制度、福利厚生を適用している。報酬について事業所得として申告している(源泉徴収を行っていない)。労働保険に加入していない。

2. フリーランス新法がもたらす新たな労務コンプライアンス要件

特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)は、フリーランスを保護し、発注事業者(特定業務委託事業者)に新たな義務を課します。

この新法への対応は、IPOを目指す企業のコンプライアンス・ガバナンス体制を問う審査項目となり得ます。対応の遅れは、行政指導や罰則のリスクに加え、上場準備における「法令遵守意識の低さ」ならびに「内部管理体制の不備」として評価される可能性があります。

2.1. 新法が課す主な義務(特定業務委託事業者)

義務事項概要チェックポイント
取引条件の明示義務業務内容、報酬額、支払期日、解除事由などを書面または電磁的方法により遅滞なく明示すること(義務対象はすべての業務委託)。契約締結後速やかに、法令が定める必須記載事項をすべて網羅した書面等を交付しているか。
報酬支払期日の設定・期日内支払報酬の支払期日を受領日から60日以内のできる限り早い日とする(継続的な業務委託の場合)。報酬の支払サイトが60日を超えていないか。支払遅延が発生していないか。
ハラスメント対策の体制整備義務ハラスメント(セクハラ、パワハラ、マタハラ等)に関する相談対応のための体制整備等の措置を講じる義務(特定業務委託事業者が、特定受託業務従事者に業務委託する場合)。相談窓口の設置、周知、担当者の研修など、雇用者と同水準の体制を整備し、実効性があるか。
募集情報の的確な表示義務業務委託の募集情報に虚偽または誤認させる表示をしない。正確かつ最新の内容に保つこと。募集広告や採用サイト上の記載が、実際の業務委託条件と一致しているか。

3. IPO成功のための即時対応ロードマップ

上場を目指す企業は、以下の3つのステップで業務委託リスクを管理し、フリーランス新法に備える必要があります。

3.1. フェーズ1:業務委託契約の実態把握

全業務委託契約について、契約書と業務実態の調査を実施します。特に、上記に示した表「労働者性を肯定する要素」に該当する運用がないか、現場担当者へのヒアリングや、チャット・メールのログ調査を通じて洗い出します。

3.2. フェーズ2:偽装請負リスクの解消と運用の分離徹底

リスクが高いと判断された案件については、以下の対策を直ちに実行し、「雇用」と見なされる要素を排除します。

  1. 契約内容の変更・再締結:報酬を時間ベースから成果物ベースへ、業務範囲を限定し、指揮命令関係が完全に存在しないことを明確にする条項を再確認します。
  2. 運用の完全分離:業務委託者に対し、日々の勤怠管理、朝礼・会議への参加強制、オフィス常駐義務などを一切排除し、勤務時間や場所の自由度を確保します。業務の進め方や時間配分は本人に裁量を持たせる運用に切り替えます。
  3. 事業者性の確保:本人による代替業務従事者の起用を許容する条項を設け、報酬支払いにおいて事業所得として処理します。

3.3. フェーズ3:フリーランス新法への対応体制構築

新法で義務化される事項について以下の体制を整備します。

  1. 書面等による明示ルールの確立:契約書とは別に、発注決定後遅滞なく必須記載事項を明示するための統一書式と交付プロセスを整備する。
  2. ハラスメント相談窓口の設置と周知:フリーランスからの相談を受け付ける専用窓口(内部・外部)を設置し、その存在と利用方法を明確に伝える

結論

IPOを目指す企業にとって、業務委託契約は単なる「外注」ではなく、上場企業としての法令遵守意識とガバナンス体制を問われる核心的なテーマです。また、売り上げやサービスの重要な役割を担う場合もあり、重要なテーマの要素の一つです。フリーランス新法の施行は、このテーマに対する企業の責任を一層重くするものです。

契約は業務委託だが、実態は雇用」という状態を放置することは、IPOという大目標における最大の懸念となり、事業そのものの継続性に疑義が生じます。IPOに精通した社会保険労務士のサポートを受け、本コラムで示した労働者性の判断基準に基づき業務実態を精査し、法令リスクを完全に払拭する体制を構築することが、上場成功への確実な道筋です。

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投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。