――IPO準備企業が今からすべきこと
2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法・改正男女雇用機会均等法(令和7年法律第63号)により、2026年10月1日からカスタマーハラスメント(カスハラ)と、就職活動中の学生等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)の防止措置が、すべての事業主の法的義務になります。パワハラ防止法のときに設けられていた中小企業向けの猶予期間は、今回は設けられていません。施行まで残り1か月というこの時期に、IPO準備企業が押さえておくべきポイントを解説します。
何が義務化されるのか
カスハラは、改正労働施策総合推進法33条において「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの」により、労働者の就業環境が害されることと定義されています。電話やSNS上でのやり取りも対象に含まれ、顧客に限らず取引先担当者や施設利用者なども対象となります。
就活セクハラについては、改正男女雇用機会均等法により、就職活動中の学生、インターンシップ参加者、転職活動中の応募者など「求職者等」に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が義務付けられます。これまでのハラスメント対策は社内の労働者を守るものでしたが、今回の改正で保護対象が社外の求職者にまで広がる点が大きな変化です。面接官やリクルーターだけでなく、OB/OG訪問の対応者も対象に含まれます。

指針が求める4つの措置――何をどこまで整備すればよいか
2026年2月26日、厚生労働省は「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)を公表しました。この指針では、事業主が講ずべき措置として概ね次の内容が示されています。
- 方針の明確化・周知啓発:カスハラを許さない事業主の方針を明確にし、社内外に周知すること
- 相談体制の整備:相談窓口を設置し、相談を受けた際に適切に対応できる体制を整えること
- 事後の迅速かつ適切な対応:相談があった場合に事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮措置(メンタルヘルス相談、行為者との引き離し等)や再発防止策を講じること
- あわせて講ずべき措置:相談者のプライバシー保護、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止を就業規則等に明示すること
就活セクハラについても、面接官・リクルーター・OB/OG訪問対応者を含めた体制整備と研修実施が、実質的に同様の枠組みで求められると考えられます。
罰則はないが「行政措置」と「企業名公表」がある
カスハラ・就活セクハラ防止措置には、違反そのものに対する直接の刑事罰(罰金・懲役)は設けられていません。是正は、パワハラ防止法と同じく、助言・指導・勧告、そして勧告に従わない場合の企業名公表という行政措置によって行われます。ただし、行政からの報告徴求に対して報告を行わない、もしくは虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料が科される可能性がある点には注意が必要です。
刑事罰がないからといって軽視できるものではありません。企業名が公表されれば、厚生労働省のサイトや報道を通じて社会に知られることになり、IPO準備企業にとってはレピュテーションリスクそのものです。
なぜ「猶予なし」が重要なのか
パワハラ防止法は、2020年6月に大企業へ先行施行され、中小企業への適用は2022年4月まで猶予されました。しかし今回のカスハラ・就活セクハラ防止措置には、そうした企業規模による猶予は設けられていません。従業員を1人でも雇用していれば、2026年10月1日から一斉にすべての事業主が対象となります。
IPO準備企業にとっては、施行日時点で対応が間に合っていないこと自体が「法令未対応」という直接の指摘事項になります。社会保険の適用拡大やハラスメント防止措置など、猶予のない義務化が相次いでいる現状は、労務管理体制の実効性がそのまま経営リスクとして扱われる時代に入ったことを示しています。
なお、東京都では2024年10月に全国初となるカスタマーハラスメント防止条例が成立し、2025年4月から施行されています。都内に拠点を置く企業の中にはすでに対応を進めてきたケースもありますが、そうでない企業は今回の全国一斉の法改正で足並みを揃えることになります。拠点が複数の自治体にまたがる企業ほど、条例と指針の両方を踏まえた社内規程の整備が必要になる点にも注意が必要です。
なぜIPO準備企業にとって重要なのか
労務デューデリジェンス(労務DD)では、ハラスメント防止措置が形式的に整備されているかだけでなく、実際に機能しているかが確認されます。就業規則・服務規律への落とし込み、相談窓口の設計、対応マニュアルの整備状況に加え、就活セクハラについては面接官・リクルーター向けの研修実施記録なども対象です。
防止措置が未整備のまま施行日を迎えれば、労務DDにおいて「直近の法改正に対応できていない」という具体的な指摘事項になります。相談対応記録や研修実施記録が残っていない状態が続けば、内部統制上の不備として扱われ、その結果について早急に改善されなければならない事項となります。
IPO準備企業が今からすべきこと
- 就業規則・服務規律にカスハラ・就活セクハラの禁止規定を追加できているか
- カスハラ・就活セクハラそれぞれの相談窓口が明確になっており、対応フローが整備されているか
- 顧客向けに「カスハラには毅然と対応する」旨の告知(Webサイト・店頭掲示等)を検討したか
- 面接官・リクルーター・OB/OG訪問対応者向けに、就活セクハラ防止研修を実施したか
- 相談対応記録・研修実施記録を残す仕組みができているか
- プライバシー保護・不利益取扱い禁止の規定を就業規則等に明示しているか

よくある質問(FAQ)
Q. カスハラ・就活セクハラ防止措置に、中小企業向けの猶予期間はありますか?
A:ありません。従業員を1人でも雇用していれば、企業規模を問わず2026年10月1日から一斉に義務化されます。
Q. 対応しなかった場合、罰則はありますか?
A:措置義務違反そのものに直接の刑事罰はありません。助言・指導・勧告、勧告に従わない場合の企業名公表という行政措置が用意されています。ただし報告徴求に虚偽で応じた場合等は20万円以下の過料の対象になり得ます。
Q. IPO準備企業は労務DDで何を見られますか?
A:規程の整備状況だけでなく、相談窓口の運用実態、研修の実施記録など、実際に機能しているかどうかが確認されます。
施行まで残り1か月となった今、規程や窓口の整備を後回しにしていると、証券会社などから「直近の法改正への対応漏れ」として扱われかねません。就業規則の改定、相談体制の整備、研修の実施記録まで、今のうちに一通り点検しておくことをお勧めします。
投稿者プロフィール

- 代表社員
- 新潟県出身。大学卒業後、地方銀行に入行。資金調達や財務面に留まらない経営支援を志し退職。フリーター、経営コンサルティング会社、ベンチャー企業勤務を経て、2000年、当時最年少とされた28歳で宮嶋社会保険労務士事務所(東京都中央区)を開設。2002年より上場コンサルティング業務を開始し、2004年からは証券会社の審査部において公開引受審査の監修・実査に開業社労士として携わる。以来、IPO労務支援のパイオニアとして数多くの企業の上場を支援。自身も東証上場企業の監査役を務め、「審査する側」と「審査される側」の双方を経験する稀有な専門家として、実質基準に基づくコンサルティングを行い数多くのIPO企業を支援している。近年は大学発スタートアップの支援にも取り組んでいる。
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