精神障害の労災、7年連続で過去最多

Point
  • 労災の増加は、長時間労働よりもハラスメントや人間関係のストレスが主因となっている実態が最新データから浮かび上がっている。
  • 精神障害の認定基準の改定と社会的認識の広がりにより、業務起因の精神障害の請求が増え続けている。
  • IPO準備企業では、ハラスメント相談窓口や休職者対応の運用不備が労務DDで重大指摘となり得るため、形式だけでなく実際の運用実態が重要となる。
  • IPO準備企業は、ハラスメント相談窓口・管理職研修・長時間労働の健康管理・休復職フロー・カスハラ対策・若手・中堅層への相談体制、などが形式的でなく実際に運用され記録が整備されているかを確認する必要がある。

――「相談窓口はあります」が通用しない。形式的対応がIPOを断念させる。

厚生労働省は2026年7月15日、令和7年度「過労死等の労災補償状況」を公表しました。仕事による強いストレスが原因の精神障害について、労災請求件数は4,958件(前年度比1,178件増)、認定件数は1,082件(前年度比26件増)となり、いずれも過去最多を更新しました。認定件数が過去最多を更新するのはこれで7年連続です。IPOを目指す企業にとって、この数字は他人事ではありません。

最新データが示す実態

支給・不支給が決定された件数のうち、実際に労災認定された割合(認定率)は約3割(28.2%)で、請求自体が前年度から大きく増加しています。認定件数1,082件のうち、自殺・自殺未遂に至ったケースは76件でした。

年齢別では、上下からの圧力を受けやすい40代が294件で最多となり、50代244件、30代243件、20代236件と続きます。20代の件数が30代に迫っている点、19歳以下でも11件が認定されている点は、若手社員のケアが軽視できない実態を示しています。

原因別では、上司等からのパワーハラスメントが222件で最多、次いでカスタマーハラスメントとセクシュアルハラスメントがそれぞれ127件で続きました。一方、過重労働による脳・心臓疾患の認定件数は217件(前年度比24件減)と落ち着きを見せており、長時間労働そのものよりも、ハラスメントや人間関係を起点とするストレスが労災の主因になりつつある構図が浮かび上がります。

なぜ増え続けているのか

背景には、2023年9月に改定された「心理的負荷による精神障害の認定基準」があります。従来は業務起因性が認められにくかったパワハラやカスハラの事案も、改定後は評価されやすくなりました。加えて、ハラスメント防止施策の推進や報道を通じて、業務上のストレスに起因する精神障害への社会的な認識が広がったことも、請求件数を押し上げる要因になっています。

なぜIPO準備企業にとって重要なのか

精神障害の労災は、当該労働者個人の問題にとどまりません。上場準備の過程で行われる労務デューデリジェンス(労務DD)では、社会保険労務士や弁護士がハラスメント相談窓口の設置状況、相談対応記録、休職者対応の実態などを確認します。ここで「相談窓口はあるが機能していない」「相談記録が残っていない」といった運用の不備が見つかれば、内部統制上の重大な指摘事項となり得ます。

こうした運用の不備は、未払い残業代や36協定違反、ハラスメント対応の不備などと同様に、表面化すれば追加の人件費や賠償額の負担につながりかねない項目です。労務DDの結果は主幹事証券・監査法人にも共有されるため、相談窓口の有無といった形式面だけでなく、実際の運用実態まで問われることになります。

IPO準備企業が確認すべきポイント

  • ハラスメント相談窓口が形式的な設置にとどまらず、実際に相談が寄せられ、対応記録が残っているか
  • 管理職向けのハラスメント防止研修が定期的に実施され、参加記録が保管されているか
  • 長時間労働・業務負荷の急変がある部署について、産業医面談や健康管理の記録が整備されているか
  • 休職・復職時の対応フロー(本人・産業医・上司間のやり取り)が明文化され、実際に運用されているか
  • 2026年10月に義務化されるカスタマーハラスメント防止措置への対応が進んでいるか
  • 若手・中堅層(20~40代)への相談体制やオンボーディング時のケアが手薄になっていないか

よくある質問(FAQ)

Q. 精神障害の労災認定率はどのくらいですか?

A:令和7年度は請求件数のうち支給・不支給が決定された件数の約3割(28.2%)が認定されています。

Q. 精神障害の労災で最も多い原因は何ですか?

A:上司等からのパワーハラスメントが222件で最多、次いでカスタマーハラスメント・セクシュアルハラスメントがそれぞれ127件です。

Q. IPO準備企業は労務DDで何を見られますか?

A:相談窓口の設置有無だけでなく、実際の相談対応記録、研修実施記録、休職・復職対応の運用実態が確認されます。

精神障害の労災請求・認定が過去最多を更新し続けている今、「うちは大丈夫」と楽観視するのではなく、相談体制・記録・研修の実態を一度棚卸ししてみることが、将来の労務DDへの備えになります。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
新潟県出身。大学卒業後、地方銀行に入行。資金調達や財務面に留まらない経営支援を志し退職。フリーター、経営コンサルティング会社、ベンチャー企業勤務を経て、2000年、当時最年少とされた28歳で宮嶋社会保険労務士事務所(東京都中央区)を開設。2002年より上場コンサルティング業務を開始し、2004年からは証券会社の審査部において公開引受審査の監修・実査に開業社労士として携わる。以来、IPO労務支援のパイオニアとして数多くの企業の上場を支援。自身も東証上場企業の監査役を務め、「審査する側」と「審査される側」の双方を経験する稀有な専門家として、実質基準に基づくコンサルティングを行い数多くのIPO企業を支援している。近年は大学発スタートアップの支援にも取り組んでいる。