【2026年版】TOKYO PRO Marketの進化とIPO労務の新常識:市場の質的向上で問われる「労務ガバナンス」

Point
  • TPMは「情報開示の充実」と「ガバナンスの透明性」の強化が求められる中、J-Adviserは形式より「事業継続の持続可能性」や「労務コンプライアンス」といった実態を重視する方向へ進んでいる。
  • IPO準備では、2026年4月の改正法による労務情報の開示義務拡大と、労務DDで発覚する未払い残業代や36協定違反などのリスク対応が最優先課題となっている。
  • TPM上場に向けて、労働時間の客観的把握と未払い残業の根絶、メンタルヘルス対策の整備、そして多様な働き方に対応した社会保険の適正加入という3つの労務ガバナンスが求められる。
  • 労務改善は、労務DDによる現状把握、規程のアップデートによる制度整備、そして労働時間管理や研修などの運用定着という3つのフェーズで進める取り組みである。
  • TPM上場をゴールとせずグロース市場を見据えるなら、最初からグロース市場基準で労務管理を構築しておくことが最も効率的である。

はじめに:TPMは「上場のゴール」から「成長のプラットフォーム」へ

2026年、日本のIPO市場において、TOKYO PRO Market(TPM)の存在感がかつてないほど高まっています。日本取引所グループ(JPX)が公表したフォローアップ資料によれば、TPMは単なる「上場体験」の場ではなく、一般市場(グロース市場等)へのステップアップや、地域経済を牽引する中核企業の公認の場へと、その役割を明確化させています。

ここで経営者が最も注目すべきは、市場の質的向上に伴う「審査基準の実質化」です。特に、かつて「プロ市場なら緩い」と誤解されがちだった「労務管理」が、今や上場可否を左右する最重要ガバナンス項目へと進化しています。本コラムでは、最新の市場動向を交え、IPOを目指す企業が取り組むべき「戦略的労務」のあり方を詳説します。

第1章:TPMの今後の方向性と「上場審査」の厳格化

1-1. フォローアップ資料から読み解くTPMの期待役割

JPXの資料では、TPM上場企業に対し、投資家保護の観点から「情報開示の充実」と「ガバナンスの透明性」がより強く求められる方向性が示されています。これは、TPMを「グロース市場への登竜門」として活用する企業が増えたことで、一般投資家の目線を意識した運営が期待されているためです。

1-2. 「形式」から「実態」へ:J-Adviserが重視するポイント

TPMには取引所による直接審査はありませんが、その分、J-Adviser(上場適格性調査を行う資格者)の責任が重くなっています。近年、J-Adviserが最も注視しているのが「事業継続の持続可能性」であり、そのリスク要因の筆頭に挙げられるのが「労務コンプライアンス」です。

第2章:なぜ今、IPO準備で「労務」が最優先課題なのか

2-1. 2026年4月改正法と「人的資本」の開示義務

女性活躍推進法の改正による数値公表義務の拡大(100人超企業)など、労務情報のオープン化が進んでいます。IPO審査において、これらの法定義務を遵守できているかは「ガバナンスの最低ライン」です。

2-2. 労務DD(デューデリジェンス)で見つかる「致命的リスク」

未払い残業代、管理監督者の名ばかり問題、36協定違反といった問題は、上場直前で見つかると数千万円から数億円規模の簿外債務となり、上場延期に直結します。TPMにおいても、これらのリスクを抱えたままの上場は「投資家に対する誠実性」の観点から厳しく制限される傾向にあります。

第3章:TPM上場に向けた「労務ガバナンス」3つの柱

① 労働時間の客観的把握と「未払い残業」の根絶

  • 客観的な打刻:自己申告制ではなく、PCログや入退室記録との整合性。
  • 固定残業代の適正運用:契約書と給与明細の整合性、超過分の差額支払いの実態。

② 組織の「健康診断」としてのメンタルヘルス対策

近年、人的資本経営の文脈で「安全配慮義務」の履行状況が厳しく問われます。休職者が発生した際の対応フローが未整備な企業は、上場後の「サステナビリティ(持続可能性)」に疑問符がつきます。

③ 多様な働き方と「社会保険」の適正加入

スタートアップに多い業務委託(フリーランス)活用や、短時間労働者の社保加入漏れは、労務DDにおける頻出指摘事項です。2024年10月からの社保適用拡大を踏まえ、適正な加入状況が維持されているかが問われます。

第4章:【実務ガイド】ステップ別・労務改善ロードマップ

  1. フェーズ1:現状把握(労務DDの実施)
    • 専門家(社会保険労務士等)による監査を行い、潜在的なリスクを可視化する。
  2. フェーズ2:制度整備(規程のアップデート)
    • 法改正に対応した就業規則の改定、36協定の適正な締結。
  3. フェーズ3:運用の定着(モニタリング)
    • 月次での労働時間管理、ハラスメント研修の実施、内部通報制度の運用。

第5章:TPMからグロース市場へ、ステップアップを見据えた戦略

TPM上場をゴールとせず、その先の一般市場を見据える場合、労務管理の水準は「グロース市場基準」に合わせて構築しておくのが最も効率的です。一度定着した「不適切な労務慣行」を後から修正するには、多大なコストと社員の反発を伴うからです。

よくある質問(FAQ)

Q. TPM上場において、労務管理の不備で上場が否決されることはありますか?

A:はい。J-Adviserの調査段階で、重大な労働基準法違反や未払い残業代の放置が発覚し、改善の目途が立たない場合は、上場適格性がないと判断されます。

Q. IPO準備を始める際、いつから労務対策に着手すべきですか?

A:最低でも上場申請の2期前(N-2期)には着手すべきです。特に労働時間の記録は過去に遡って修正することが難しいため、早期の体制構築が必須です。

Q. TPMとグロース市場で労務の審査基準に違いはありますか?

A:形式的な基準に大差はありません。近年、TPMでも「法令遵守の実態」が厳格に問われるようになっており、「プロ市場だから甘い」という考えはリスクとなります。

まとめ:宮嶋社会保険労務士事務所の視点

TOKYO PRO Marketの活性化は、成長企業にとって大きなチャンスです。しかし、その扉を開くための鍵は、最新のIT技術や画期的なビジネスモデルだけでなく、それを支える「人」と「組織」の健全性、すなわち労務ガバナンスにあります。

当事務所では、IPO労務・労務DDの専門家として、最新の市場動向(JPXフォローアップ資料等)に基づいた最適な体制構築をサポートしています。3月は次年度に向けた規程見直しの最適期です。上場を見据えた組織づくりの第一歩を、今ここから踏み出しましょう。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。