「内部通報制度は、規程と窓口を設けていれば足りる」。そう考えている企業は少なくありません。しかし、2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法は、制度の設計だけでなく、通報後の人事上の対応を問う内容になっています。通報を理由とする解雇・懲戒に刑事罰が設けられ、通報後1年以内の処分は「通報が理由」と推定されるためです。内部統制の話であると同時に、解雇・懲戒を扱う労務の話でもあります。社労士の視点から、IPO準備企業が押さえるべき点を整理します。

改正の4つの柱
消費者庁は、改正の趣旨を、①体制整備の徹底と実効性の向上、②公益通報者の範囲拡大、③公益通報を阻害する要因への対処、④不利益な取扱いの抑止・救済の強化、の4点で整理しています。以下では、人事労務に直結する部分を中心に見ていきます。
変更①:解雇・懲戒への刑事罰と「1年以内は推定」
公益通報を理由として解雇または懲戒をした者に、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科され、法人には3,000万円以下の罰金が科されます。行為者個人と法人の双方が対象です。
あわせて、公益通報から1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由としてされたものと推定されます(民事訴訟上の立証責任の転換)。外部通報の場合は、事業者が外部通報があったことを知った日から1年以内が対象です。これまでは通報者の側が「通報が理由だ」と立証する必要がありましたが、改正後は、企業側が「通報とは無関係だ」と説明できなければなりません。
実務上は、通報から1年以内に処分を検討する場合、勤務態度や成績不良、規律違反といった別の理由を、通報前からの指導・評価・注意の記録で示せるかが問われます。人事部門が、通報の有無と時期を把握できていることも前提になります。なお、刑事罰の対象は解雇と懲戒ですが、法が禁止する不利益な取扱いはもっと広く、法定指針は降格、不利益な配置転換、不利益な評価、減給、業務委託契約の解除などを例示しています。
変更②:通報妨害と通報者探索の禁止
事業者は、正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意を求めることなどによって公益通報を妨げることが禁止され、これに違反してされた合意等は無効となります(法11条の2)。また、公益通報者である旨を明らかにするよう要求するなど、通報者を特定することを目的とする行為も禁止されます(法11条の3)。
社労士の実務に直結するのは、次の3点です。第1に、退職時の合意書・誓約書や就業規則の秘密保持条項が、公益通報を妨げる内容になっていないかの点検です。第2に、社内調査の過程で「誰が通報したのか」を探す動きが出ないようにする運用です。第3に、法定指針が、通報妨害や通報者探索などが行われた場合に、行為者へ懲戒処分その他の適切な措置をとることを求めているため、就業規則の懲戒規定・服務規律への反映を検討することです。
変更③:フリーランスも保護の対象に
公益通報者の範囲に、事業者と業務委託関係にあるフリーランスと、業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスが加わります。公益通報を理由とする業務委託契約の解除、取引の停止、報酬の減額なども不利益な取扱いとして禁止され、法定指針は、窓口の周知もこれらの者に対して行うことを求めています。業務委託先を多く活用する企業ほど、周知の経路を用意する必要があります。
体制整備義務と行政措置
常時使用する労働者の数が300人を超える事業者には、内部通報の受付・調査を担う従事者の指定と、窓口の設置・内部規程の策定・周知などの体制整備が義務づけられ、300人以下は努力義務です。改正では、従事者指定義務に違反する事業者に対し、報告徴収・立入検査、助言・指導、勧告、勧告に従わない場合の命令、命令をした場合の公表が整備され、命令違反や虚偽報告、検査拒否には罰金が設けられました。消費者庁の概要では、これらの命令・刑事罰は300人超が対象とされていますが、解雇・懲戒への刑事罰にはその限定の記載がありません。
なぜIPO準備企業にとって重要なのか
東証の上場審査では、実質審査基準として、コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していることが確認されます。新規上場ガイドブック(スタンダード市場編・プライム市場編)には、独立役員面談での主な確認事項として、内部通報制度の整備・運用状況の評価が挙げられています。
法定指針も、制度を設けるだけでなく、内部規程に定めて運用すること、通報対応の記録を作成して適切な期間保管すること、体制を定期的に評価・点検することを求めています。規程と窓口があるだけでなく、運用の記録が残っているかが、制度の実効性を示す材料になります。

IPO準備企業が確認すべきポイント
- 内部通報の窓口、担当部署、責任者が明確になっているか。従事者を書面で指定し、守秘義務を本人が認識しているか
- 内部規程に、通報妨害・通報者探索・範囲外共有の禁止と、違反時の懲戒を反映しているか(就業規則の懲戒事由を含む)
- 退職時の合意書・誓約書、秘密保持条項が、公益通報を妨げる内容になっていないか
- 解雇・懲戒を検討する際に、通報の有無と時期を人事が把握できるか。通報から1年以内の処分について、通報と無関係な理由を、通報前からの記録で説明できるか
- 通報対応の記録を作成して適切な期間保管し、体制を定期的に評価・点検しているか
- フリーランス・業務委託先や退職者にも、窓口を周知する経路があるか
- 常時使用する労働者の数を確認し、義務か努力義務かを整理しているか
よくある質問(FAQ)
Q. 改正公益通報者保護法はいつ施行されますか?
A:2026年12月1日に施行されます(令和7年法律第62号)。
Q. 公益通報を理由に解雇・懲戒をすると、どうなりますか?
A:個人は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3,000万円以下の罰金の対象になります。また、公益通報から1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定されます。
Q. 従業員が300人以下でも対応が必要ですか?
A:体制整備は努力義務です。ただし、消費者庁の概要では、解雇・懲戒への刑事罰や推定規定、通報妨害・通報者探索の禁止について、300人超に限るとする記載はありません。規模にかかわらず、人事上の対応には注意が必要です。
Q. IPO準備企業は、まず何から着手すべきですか?
A:窓口・担当者・従事者の整理と内部規程の整備に加え、就業規則の懲戒規定、退職時の誓約書の見直し、通報対応の記録の整備が出発点になります。
施行まで、あとわずかです。内部通報制度を「設計」で終わらせず、通報後の人事上の対応まで含めて、運用の記録とともに整えておくことをお勧めします。
参考
- 消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の概要」:
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/consumer_partnerships_cms205_260501_01.pdf - 内閣府告示「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和8年3月31日一部改正):
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/consumer_partnerships_cms205_260331_01.pdf - 東京証券取引所「新規上場ガイドブック(スタンダード市場編)」:
https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/guide-new/nlsgeu000005p6i4-att/standard_20260915.pdf
投稿者プロフィール

- 代表社員
- 新潟県出身。大学卒業後、地方銀行に入行。資金調達や財務面に留まらない経営支援を志し退職。フリーター、経営コンサルティング会社、ベンチャー企業勤務を経て、2000年、当時最年少とされた28歳で宮嶋社会保険労務士事務所(東京都中央区)を開設。2002年より上場コンサルティング業務を開始し、2004年からは証券会社の審査部において公開引受審査の監修・実査に開業社労士として携わる。以来、IPO労務支援のパイオニアとして数多くの企業の上場を支援。自身も東証上場企業の監査役を務め、「審査する側」と「審査される側」の双方を経験する稀有な専門家として、実質基準に基づくコンサルティングを行い数多くのIPO企業を支援している。近年は大学発スタートアップの支援にも取り組んでいる。
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