――実施率40%目標が示す本気度
「70歳までの就業確保は努力義務だから、罰則もないし急いで対応しなくてよい」という認識のまま放置している企業は少なくありません。しかし2026年4月、政府は高年齢者雇用に関する新たな基本方針を適用し、就業確保措置の実施率40%以上という具体的な目標を掲げました。努力義務は罰則がないというだけで、行政の関心が低いわけではありません。IPO準備企業にとって、この論点がなぜ見過ごせないのかを解説します。

70歳までの就業確保措置とは
2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法により、65歳までの雇用確保は事業主の義務、65歳から70歳までの就業機会の確保は努力義務とされています。対象となるのは、定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主、または70歳未満の継続雇用制度を導入している事業主です。事業主は、次の5つの選択肢のいずれかの措置を講ずるよう努める必要があります。
- 70歳までの定年引き上げ
- 定年制の廃止
- 70歳までの継続雇用制度の導入
- 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入(創業支援等措置)
- 70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入(創業支援等措置)
このうち後半2つの「創業支援等措置」を導入する場合は、過半数労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の同意を得る必要があります。努力義務であるため、これらの措置を講じなくても直接の罰則はありません。
2026年度からの新方針――実施率34.8%から40%以上を目指す
旧方針(2021~2025年度)の期間が終了し、2026年4月1日から高年齢者雇用に関する新たな基本方針が適用されています。新方針では、70歳までの就業確保措置の実施率について40%以上の達成を目指すことが明記され、処遇改善に取り組む企業への助成措置の強化も打ち出されています。直近の集計では実施率は34.8%にとどまっており、65歳までの雇用確保措置がほぼ全企業(99.9%)で実施済みであるのとは対照的です。罰則のない努力義務であっても、行政が数値目標を掲げて重点的に取り組む政策領域になっている以上、対応の有無や実態が問われる場面は今後増えていくと考えられます。
見落とされがちな年次チェックポイント――高年齢者雇用状況等報告書
高年齢者雇用安定法52条1項により、常時雇用する労働者が21人以上の企業は、毎年6月1日現在の定年・継続雇用制度・創業支援等措置の状況等について、「高年齢者雇用状況等報告書」を作成し、7月15日までに所轄のハローワークへ提出する義務があります。この報告書には70歳までの就業確保措置の実施状況を記載する欄があり、未実施の場合はその旨を報告することになります。
この報告書は毎年提出しているという理由だけで軽視されがちですが、実際にどの措置を、どのような手続きで導入しているかという実態が、労務DDで報告内容と突き合わせて確認される項目になります。

なぜIPO準備企業にとって重要なのか
高年齢者雇用の論点は、努力義務であるがゆえに労務コンプライアンス上の緊急度は高く見えにくいものの、IPO準備企業にとっては別の角度から重要です。継続雇用者が増えれば、その分の人件費や退職給付債務の中長期見積もりに影響します。事業計画・資金計画において、シニア人材の処遇や雇用形態の想定が抜け落ちていれば、人件費予測の精度そのものが問われることになります。
また、人的資本経営やコーポレートガバナンス・コードの文脈でも、多様な人材の活用状況は投資家の関心事項になりつつあります。高年齢者雇用への対応状況は、労務DDにおいて、単に制度の有無だけでなく、実際にどの措置を、どのような手続きを経て導入しているかまで確認される項目です。
IPO準備企業が確認すべきポイント
- 自社が70歳までの就業確保措置の対象事業主(定年65歳以上70歳未満、または継続雇用制度導入済み)に該当するか
- 5つの選択肢のうち、どの措置を導入しているか、あるいは検討状況はどうか
- 創業支援等措置を導入する場合、過半数労働組合等の同意を適切な手続きで得ているか
- 高年齢者雇用状況等報告書を毎年期限内(7月15日)に提出できているか、記載内容が実態と一致しているか
- 継続雇用者の増加を見込んだ人件費・退職給付債務の中期見積もりができているか
よくある質問(FAQ)
Q. 70歳までの就業確保措置に対応しないと罰則がありますか?
A:ありません。努力義務であり、法的な履行義務や罰則はありません。ただし、2026年度からの新方針で実施率40%以上という政策目標が掲げられており、行政の関心は高まっています。
Q. すべての企業が対象になりますか?
A:対象となるのは、定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主、または70歳未満の継続雇用制度を導入している事業主です。すでに定年を70歳以上にしている企業や定年制を廃止している企業は、この努力義務の対象外です。
Q. 高年齢者雇用状況等報告書は、どの企業が提出する必要がありますか?
A:常時雇用する労働者が21人以上の企業が対象です。毎年6月1日現在の状況を、7月15日までに所轄のハローワークへ提出する必要があります。
Q. IPO準備企業は労務DDで何を見られますか?
A:制度の有無だけでなく、どの措置を導入しているか、創業支援等措置であれば労使協議の手続きが適切だったか、高年齢者雇用状況等報告書の提出・記載内容、継続雇用者の増加を踏まえた人件費見積もりができているかが確認されます。
罰則がないからといって、行政の関心が低いわけではありません。2026年度から実施率目標が明示された今、制度の有無だけでなく、実態と手続きの適正性、そして毎年の報告内容まで点検しておくことをお勧めします。
投稿者プロフィール

- 代表社員
- 新潟県出身。大学卒業後、地方銀行に入行。資金調達や財務面に留まらない経営支援を志し退職。フリーター、経営コンサルティング会社、ベンチャー企業勤務を経て、2000年、当時最年少とされた28歳で宮嶋社会保険労務士事務所(東京都中央区)を開設。2002年より上場コンサルティング業務を開始し、2004年からは証券会社の審査部において公開引受審査の監修・実査に開業社労士として携わる。以来、IPO労務支援のパイオニアとして数多くの企業の上場を支援。自身も東証上場企業の監査役を務め、「審査する側」と「審査される側」の双方を経験する稀有な専門家として、実質基準に基づくコンサルティングを行い数多くのIPO企業を支援している。近年は大学発スタートアップの支援にも取り組んでいる。
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