2026年4月「育休取得率・賃金格差」開示義務化直前!IPO審査で問われる数値の裏付け

Point
  • 2026年4月改正の義務化拡大は、単なる行政上のルール変更ではなくIPO審査における「企業の透明性」を測る新しい物差しとなる。
  • 4月の公表に向け、賃金格差の要因分析と男性育休取得率の正確なデータ管理を通じて、労務管理の「質」を検証する。
  • IPO審査では賃金差異の存在自体よりも、合理的な差異理由を客観的に説明し、職務記述書や賃金規定、行動計画と整合させることが重要。
  • 人的資本への投資効果を中期経営計画に明確化し、具体的なKPIと積極的な開示によってIPO後の投資家からの信頼を高めることが重要である。
  • IPO審査で最も懸念されるのは「隠れた法違反」。賃金の不合理な格差の確認、育休復帰後の不当な降格がないことのデータの裏付けなどが必要。

IPO(新規上場)を目指す企業の経営層および実務担当者の皆様、2026年という決戦の年が幕を開けました。今、上場準備において「ガバナンス」と「人的資本」の結節点として最も注目されているのが、2026年4月に施行される開示義務化の拡大対応です。

これまで、男性の育児休業取得率や男女の賃金格差の公表は、主に300人超の企業に課せられてきた義務でした。しかし、本年4月からはその対象が「常時雇用する労働者100人超」の中堅企業へと一気に拡大されます。IPOを目指す成長企業の多くがこの規模に該当するため、実績数値の精査と説明ロジックの構築は、審査を通過するための「必須科目」と言えます。

本稿では、IPO審査に精通した社労士の視点から、法的根拠に基づいた数値の裏付けと、株主・審査官を納得させる中期経営計画(中計)への組み込み方について、徹底解説します。

1. 2026年4月改正の法的バックグラウンドとIPO審査の親和性

今回の義務化拡大は、単なる行政上のルール変更ではありません。以下の二つの法律が、IPO審査における「企業の透明性」を測る新しい物差しとなります。

① 育児・介護休業法の改正(男性育休取得率)

  • 法的根拠:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
  • 改正内容:従業員100人超の企業に対し、男性の育児休業等の取得実績を年1回公表することを義務付け。

IPO審査において、男性育休取得率は「ワークライフバランスの充実度」だけでなく、「業務の属人化が排除されているか(誰かが欠けても回る組織か)」という内部統制の観点からチェックされる可能性があります。

② 女性活躍推進法の改正(男女の賃金格差)

  • 法的根拠:女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
  • 改正内容:従業員100人超の企業に対し、「男女の賃金差異」の算出と公表を義務付け。

賃金格差は、労働基準法第4条(男女同一賃金の原則)や、短時間・有期雇用労働者法(同一労働同一賃金)との整合性が問われます。不当な格差があれば、それは将来的な労働訴訟リスクを抱えているとみなされ、IPO審査において致命傷になりかねません。

2. 1月の今、着手すべき「実績数値の棚卸し」と「法適合性」の確認

4月の公表期限を前に、まずは「自社の真実の姿」を定量化する必要があります。ここで重要なのは、単に計算式に当てはめるのではなく、その背景にある労務管理の「質」を検証することです。

賃金格差算出における「分析の深度」

男女の賃金格差を算出する際、以下の3つの区分で数字を出すことが求められます。

  1. 全労働者
  2. 正規雇用労働者
  3. 非正規雇用労働者(パート・契約社員等)

算出の結果、例えば「女性の賃金が男性の75%」となった場合、その原因を「基本給」「賞与」「諸手当(残業代、役職手当等)」の項目別に分解してください。

  • 諸手当の差:残業代の差であれば、業務時間の管理状況(過重労働リスク)の確認に繋がります。
  • 役職手当の差:女性の管理職登用率が低いという、中計上の課題が浮き彫りになります。

男性育休取得率の「分母と分子」の管理

審査官は、公表された「%」だけでなく、その根拠となる名簿の整合性を見ます。

  • 分母:当該事業年度に配偶者が出産した男性労働者
  • 分子:育児休業および育児目的の休暇(会社独自の制度)を取得した人数

現時点で、昨年度の対象者を正確に把握できているか。把握できていない場合、それは「従業員のライフイベントを管理できていない=労務管理の不備」と判断されるリスクがあります。

3. 証券審査を突破する「合理的理由」の構築術

数値を算出した結果、格差が大きかったり取得率が低かったりしても、それだけでIPOが否定されるわけではありません。重要なのは、「なぜその差異が生じているのか」という合理的かつ客観的な分析です。

証券会社や監査法人へ説明すべき「4つの正当な要因」

  1. 職種・等級構成(職務評価の差異):「現在、高単価なエンジニア職に男性が偏り、事務・サポート職に女性が多い。しかし、等級ごとの賃金テーブルは男女同一であり、職務評価の公正性は保たれている」
  2. 勤続年数・年齢構成(経験値の差異):「直近3年で女性の採用を積極的に進めた結果、女性の平均勤続年数が男性より有意に短い。これは組織の若返りと多様化の過渡期である」
  3. 労働時間および深夜業の有無:「事業の特性上、深夜勤務が発生する現場職に男性が多く、手当の差が賃金差異に反映されている。ただし、女性にも機会は平等に開かれている」
  4. 中途採用市場の影響:「特定の高度専門職(マーケット相場が高い職種)を中途採用した際の結果であり、性別による差別ではない」

これらを説明する際、社労士としてアドバイスするのは、「ジョブディスクリプション(職務記述書)」や「賃金規定」との紐付けです。法律(女性活躍推進法)に基づく「行動計画」と連動しているかどうかが、説明の説得力、合理性を左右します。

4. 中期経営計画(中計)への組み込みと株主への開示戦略

IPO準備において、これらの数値は「過去の結果」ではなく「未来の成長指標」として位置づけるべきです。機関投資家や株主は、ESG投資の観点から、人的資本への投資効率を注視しています。

中計に盛り込むべき「人的資本ストーリー」

  • KPIの設定:「202X年までに男女賃金格差を〇%改善する」「男性育休取得率を業界平均以上の80%に定着させる」といった具体的なターゲットを中計に明記します。
  • 投資対効果の明示:「男性育休の推進により、マルチタスク化が進み、1人当たりの生産性が〇%向上した」「多様な人材の定着により、採用コスト(エージェント費用等)を年間で〇%削減する」といった、財務数値への貢献を語ります。
  • ガバナンスとしての開示:有価証券報告書の「人的資本に関する考え方及び取組」において、法定項目以上の情報(例えば、性別ごとの離職率や、復職後のキャリアパス等)を自主的に開示する姿勢を見せることで、上場後の株主からの信頼を勝ち取ることができます。

5. 労働法規の裏付け:顕在化しにくい「不合理な差異」

ここで、改めて法律の視点に戻ります。審査上、最も懸念するのは、「隠れた法違反」です。

同一労働同一賃金ガイドラインとの整合性

賃金格差を分析する際、「基本給」「賞与」「各種手当」「福利厚生」のそれぞれについて、男女で(あるいは正社員と非正社員で)不合理な差がないかを再確認してください。例えば、「住宅手当を世帯主(主に男性)にのみ支給している」といった旧来型の制度は、間接差別の疑いを持たれる可能性があり、IPO審査では改善を促される可能性があります。

育児休業取得時の不利益取扱いの禁止

「取得率は100%だが、復職後に不当に降格させている」といった実態があれば、育児・介護休業法第9条(不利益取扱いの禁止)に抵触します。取得率という「表面的な数字」だけでなく、復職後の評価や昇給のデータまで揃えておくことが、真の「数値の裏付け」となります。

6. まとめ:1月の決断がIPOの質を決める

2026年4月の開示義務化は、IPO準備企業にとって「避けて通れない関門」であると同時に、自社の「組織の健全性」を市場にアピールする最大の武器になります。

  1. 正確な実績算出(1月):まずは現実を知る。
  2. 深掘り分析と論理構築(2月):差異の「合理的理由」を法的・構造的視点で整理する。
  3. 中計・開示書類への反映(3月):数字を成長のストーリーに変換する。

このステップを、社労士等の専門家と共に着実に進めることで、IPO審査における労務リスクは最小化され、投資家にとって魅力的な「ガバナンスの効いた企業」として評価されるはずです。

「数字は嘘をつかないが、数字だけでは語れない」。その裏側にある企業の意志を、法的根拠と戦略的思考で補強していきましょう。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。