2025年12月 激変するIPO市場と「戦略的IPO労務」の最前線:上場維持をかけたガバナンス強化
はじめに:市場の厳格化と「守りの経営」の必然性
2025年12月現在、日本のIPO市場は、過去数年で最も厳しい「選別と淘汰」の時代を迎えています。グローバルな金融引き締めによるバリュエーションの現実化に加え、国内では東京証券取引所(東証)による市場改革とガバナンス強化の波が押し寄せています。
この流れの中で、IPOを達成するだけでなく、「上場を維持」し、企業価値を高め続けるためには、事業成長という「攻め」以上に、コンプライアンスと内部統制という「守り」を徹底することが不可欠となっています。その「守りの経営」の根幹を担うのが、「戦略的IPO労務」です。
本コラムでは、最新の市場動向を象徴する三つの重要トピックを絡め、なぜ今、労務管理が上場準備・維持において決定的な戦略課題となっているのかを徹底解説します。

1. 2025年12月 IPO市場の最新潮流を読み解く重要トピック
1-1. グロース市場 上場維持基準の厳格化
東証は、グロース市場の市場機能向上を目指し、上場維持基準の見直しを継続的に行っています。特に、上場時の期待値に見合わない低迷が続く企業に対しては、時価総額基準や事業計画の進捗に関する基準が厳格化される動きが強まっています。
- 影響: 以前は一部に「上場すればゴール」と考えられがちでしたが、今後は上場後も継続的に成長可能性を示し続けなければ、上場廃止リスクに直面します。
- 労務との関連: 基準未達の主要因の一つは、企業の収益力とガバナンス体制の欠如です。特に、労務問題による簿外債務の顕在化やレピュテーションリスクは、時価総額を大きく押し下げ、企業価値を棄損して、維持基準クリアを困難にする可能性が生じます。
1-2. オルツの不正会計問題が示す市場の警戒感
AI関連企業であるオルツ(旧社名)が上場直後に会計処理の誤り(不正会計)を発表した事例は、市場に大きな衝撃を与えました。この問題は、投資家や当局に対し、上場企業の内部統制と監査の品質に対する極度の警戒感を植え付けました。
- 影響: 監査法人や主幹事証券会社は、財務面だけでなく、企業のコンプライアンス体制(特に不正リスク管理)に対するチェックを飛躍的に厳格化しています。
- 労務との関連: 会計不正は財務部門の問題と思われがちですが、不正が発生する背景には、人事部門の適切な組織設計と内部監査体制の不備、そして過度なプレッシャーによる労働環境の歪みが潜んでいることがあります。不正防止のための労務管理が不可欠です。
1-3. 東京プロマーケット(TPM)の上場企業数増加
近年、東京プロマーケット(TPM)への上場企業が急増しています。TPMは特定投資家向け市場であり、東証グロース市場などと比較して審査基準や開示負担が比較的緩やかです。
- TPM増加の背景: グロース市場の審査厳格化、及び、上場維持基準への懸念から、「まずはTPMで上場経験を積み、体制を整えてからグロース市場などの本則市場を目指す」というステップアップ戦略をとる企業が増加しています。
- 労務との関連: TPMであっても、内部管理体制や労務コンプライアンスの基礎構築は必須です。TPMでの労務問題は、次なる市場(グロース)への上場を目指す際の致命的な障壁となります。TPM段階からIPO労務の土台を築くことが、戦略的な一手となっています。
2. 3大トピックから導かれる「戦略的IPO労務」の最重要課題
上述の市場トレンドは、労務管理がもはやコストではなく、企業価値を左右する戦略的な投資であることを示しています。
2-1. リスク回避のための「労務デューデリジェンス(DD)」の徹底
オルツの不正会計問題が示すように、信頼性の欠如は市場から即座に罰せられます。労務における信頼性確保の第一歩は、潜在的な簿外債務(未払残業代)の全容把握です。
- 徹底項目: 上場申請期(N期)の3期前(N-3期)には、IPO専門の社労士や弁護士を入れ、徹底的な労務DDを実施すべきです。単なる書類チェックではなく、PCログや入退室記録と賃金台帳の全件突合による「サービス残業」の完全な排除が求められます。
- 戦略的対応: 発覚した未払賃金は、隠蔽せず特別損失として計上・開示し、クリーンな状態で上場に臨む姿勢こそが、厳格化する市場の信頼を得る最短ルートです。
2-2. 上場維持を可能にする「人事ガバナンス」の構築
グロース市場の維持基準厳格化に対応するためには、人事部門そのもののガバナンスを強化し、継続的に成長を支える組織体制を築く必要があります。
- 管理監督者の適正化: 「名ばかり管理職」を放置している企業は、未払残業代リスクが常態化しており、グロース市場の維持基準が厳格化する中で「事業継続が可能な経営体制」ではないと見なされます。
- ハラスメント・コンプライアンス教育のシステム化: 内部通報窓口の実効性を高めるとともに、全従業員に対するコンプライアンス研修をe-ラーニングなどで定期的に実施し、証跡を残すことが、レピュテーションリスク回避の必須要件です。
2-3. ステップアップを見据えた「TPM労務の基礎固め」
TPM上場企業が増加している状況は、IPO予備軍の企業にとって、労務体制の早期構築を促す機会でもあります。
- TPM段階での体制整備: TPMはグロースより緩いものの、就業規則の法令遵守、36協定の適切な締結、社会保険の加入漏れ防止など、労務の基本中の基本を固めておく必要があります。
- グロース移行への準備: TPM上場は、グロース市場への移行を目指す中間ステップです。労務DDの結果、大きな問題がないことを証明できる状態にすることで、将来的な市場変更のプロセスを大幅に円滑化できます。

3. まとめ:IPO市場を生き抜くための「労務戦略」
2025年12月のIPO市場は、オルツ問題が示す不正への警戒感、グロース市場の維持基準変更による上場後の継続的成長圧力、そしてTPM上場企業数の増加並びに上場後の段階的成長戦略の浸透という、三つの大きなトレンドがあります。
この厳しい市場環境を乗り切り、企業価値を最大化するためには、戦略的IPO労務が不可欠です。
- 早期の労務DD: 潜在的な簿外債務を特定し、クリーンな財務状態を確立する。
- 人事ガバナンスの強化: 組織と制度の欠陥を是正し、不正やレピュテーションリスクを防ぐ。
- 継続的なコンプライアンス運用: ITツールを活用し、上場後も維持基準をクリアできる体制を構築する。
IPO労務は、単なる「法令遵守」ではなく、企業が長期的に市場で信頼を獲得し、成長を続けるための最強の基盤となるのです。
投稿者プロフィール

- 代表社員
- 開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。
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