【IPO成功への絶対条件】上場審査をクリアする「人事評価・賃金制度」の再構築と内部統制の全貌

Point
  • IPO準備における人事制度再構築の目的には、法令遵守の徹底、優秀人材の定着と動機付け、内部統制の整備などがある。
  • 失敗しない人事評価・賃金制度の設計は、透明性を確保した等級制度、評価基準の「定量的・行動的適正」なものへの転換、賃金制度の適正化などを連動させて進める。
  • 人事制度の有効性を内部統制の観点から証明するためには、アクセス権限管理、職務分掌の徹底、記録の文書化、人権予算管理を徹底することが重要。

導入部:なぜIPOで人事制度が問われるのか?

貴社が上場を目指し、労務デューデリジェンス(DD)を完了されたとします。潜在的な未払い残業代や社会保険の不備といったリスクは特定できたかもしれません。しかし、その特定されたリスクの根本原因を放置していませんか?多くの場合、それは「属人化した人事評価と不透明な賃金決定プロセス」に起因します。

証券取引所、証券会社や監査法人が上場準備企業に求めるのは、単なる法律の遵守だけではありません。企業が「永続的に」公正・公平な事業活動を行うための「仕組み」、すなわち内部統制が機能しているかという点です。人事制度は、給与という最も重要なコストであり、従業員のモチベーションを左右する根幹に関わるため、上場審査で絶対に看過されない最重要項目の一つとなります。

IPO企業は、創業期・成長期に築いた「人情」や「感覚」に基づいた制度から決別し、「公正性・透明性・継続性」を兼ね備えた、上場企業としてふさわしい人事・賃金制度を早急に再構築する必要があります。

第1章:IPOにおける人事制度再構築の3大目的

上場準備フェーズで人事制度が果たすべき役割は、次の3つの柱で構成されます。

1. 法令遵守(コンプライアンス)の徹底

これは、前回の労務DDの結果を恒久的に解消するための「守り」の基盤です。曖昧な等級制度は、「管理監督者」の不適正な運用を生み出し、未払い残業代リスクを再発させます。また、客観的な評価基準がない昇給・降格は、不当な処遇として労働紛争のリスクを高めます。制度の整備は、これらの法的リスクを構造的に排除することが目的です。

2. 優秀な人材の定着と動機付け(成長戦略)

上場を達成し、更なる成長を遂げるためには、優秀な人材の獲得と定着が不可欠です。透明性の高い評価・報酬制度は、従業員が「報われている」と感じるための基盤となり、エンゲージメントを高めます。特に、ストックオプション等のインセンティブ設計を行う際、その土台となる客観的な評価基準がなければ、投資家などのステークホルダーへの説明責任を果たせません。

3. 内部統制の整備

上場企業に義務付けられる内部統制は、人事・給与計算プロセスを監査対象とします。特に、昇給・昇格・賞与決定といった人件費の基礎となるプロセスが、「記録に基づき、客観的かつ統制された手順」で行われていることを証明しなければなりません。人事制度は、この統制の「証拠」を提供する役割を担います。

第2章:【上場対応】失敗しない人事評価・賃金制度の設計手順

具体的な制度再構築は、以下の3つの要素を連動させて進めます。

1. 等級制度の再定義

ポイント:曖昧な「管理職」の線引きを排除し、透明性を確保する。

  • 職務記述書の作成:「誰が」「何を」「どのレベルで」行うのかを明確にした職務記述書(ジョブディスクリプション)を全従業員分作成します。これにより、従業員の役割が明確になり、評価の土台となります。
  • 等級基準の明確化:職務や能力に応じて等級(グレード)を明確に分け、各等級に求められる能力要件責任範囲を具体的に定義します。これにより、形式的な役職名ではなく、実態に基づいた賃金や処遇が可能となります。特に、労働基準法上の「管理監督者」の要件を厳格に満たさない役職については、時間管理や残業代の支給を徹底する仕組みに再設計します。

2. 評価制度の透明化と運用

ポイント:評価基準を「情緒的」なものから「定量的・行動的」なものへ転換する。

  • 評価項目の設計:
    • 目標管理(MBO):成果や業績を測るための定量的な目標設定と達成度評価を導入します。
    • コンピテンシー評価:企業理念や行動指針に基づき、行動特性(プロセス)を測る評価を導入します。
  • 評価運用の統制:制度があっても、運用が属人的であれば内部統制は機能しません。
    • 評価者訓練(トレーニング)を必須とし、評価者間のブレをなくします。
    • 評価結果の二重チェック(ダブルチェック)プロセスや、最終的な人事委員会による承認を必須とし、不正や恣意的な評価を排除します。

3. 賃金制度の適正化

ポイント:等級と評価に連動させ、未払い残業代の恒久的解消を目指す。

  • 基本給の構造改革:年功序列的な要素や属人的な手当を整理・廃止し、等級制度に明確に連動した基本給を設計します。これにより、「同一労働同一賃金」の原則にも対応しやすくなります。
  • 時間外労働の管理:賃金制度と勤怠管理システムを連携させ、時間外労働が適切に計算され、漏れなく賃金に反映される仕組みを構築します。特に、36協定の特別条項を運用する場合は、その遵守状況が賃金計算に反映されるようにします。
  • 賞与・インセンティブ:会社の業績や個人の評価に明確に連動させる算定ロジックを定め、その決定プロセスも文書化します。

第3章:最難関!人事制度と内部統制の実務対応

人事制度が内部統制の観点から問題ないとされるためには、制度の「存在」だけでなく、「有効性」が証明されなければなりません。

内部統制の統制活動の具体的なポイント

  1. アクセス権限の厳格化:給与計算システム、人事評価データ、勤怠管理システムへのアクセス権限を「必要最小限の担当者」に制限し、第三者による不正なデータ改ざんを防ぎます。
  2. 職務分掌の徹底:「評価の決定者」「給与計算データの入力者」「最終的な支払い承認者」を明確に分け、一連のプロセスを一人が完結できない牽制機能を働かせます。これは、不正な人件費計上を防ぐために非常に重要な統制活動です。
  3. 記録の証憑化(文書化):すべての重要な決定プロセス(昇給・昇格の承認、賞与決定、評価フィードバック)について、議事録、承認フロー記録、評価シート原本などの証憑を整備し、監査可能な状態で保管します。監査法人はこれらの文書をランダムに抽出して、制度が適切に運用されているかを確認します。
  4. 人件費予算管理:採用計画、昇給・昇格計画が事前に予算化され、その予算超過がないか、定期的にモニタリングする仕組みを確立します。

当社会保険労務士事務所は、この内部統制対応の文書化、特に「人事・給与プロセス」におけるリスクコントロールマトリックス(RCM)やフローチャートの作成において、法的な観点から最適な統制活動を設計するサポートが可能です。

結論:人事制度は「守り」から「攻め」の経営資源へ

IPOのための人事制度再構築は、確かに工数とコストがかかります。しかし、これを「上場審査を通過するためだけのコスト」と捉えてはいけません。
透明で公正な人事制度は、従業員の信頼とロイヤリティを高め、「攻め」の経営資源へと変わります。これにより、上場後の急激な組織拡大や人材流動化にも耐えうる、強固で持続的な成長基盤が構築されるのです。
貴社のIPO成功と、その後の永続的な成長のため、上場基準を完全に満たす人事制度の設計・運用は、専門知識を持つ当社会保険労務士事務所にお任せください。最適なソリューションを提供し、貴社の「守り」と「攻め」の両面を支えます。

投稿者プロフィール

宮嶋 邦彦
宮嶋 邦彦代表社員 
開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。