早期解決が必須!IPOで指摘される残業代・有休管理
イントロダクション:IPOにおける労務コンプライアンスの重要性
株式公開(IPO)を目指す企業にとって、事業の成長性や財務健全性はもちろん重要ですが、見落とされがちなのが労務コンプライアンスの徹底です。
特に、残業代の未払いや年次有給休暇(有休)の不適切な管理といった労務リスクは、デューデリジェンス(DD)や監査の過程で必ず厳しくチェックされる項目です。これらの問題が「グレーゾーン」として放置されている場合、上場審査に大きな遅延をきたすだけでなく、最悪の場合、上場自体が不可能になるリスクを孕んでいます。
本コラムでは、IPO準備企業が抱えがちな残業代・有休管理の「グレーゾーン」を具体的な事例とともに解説し、年内の早期解決に向けたチェックリストと是正策を提案します。

1. 残業代管理の「グレーゾーン」:未払いの温床
IPOのDDにおいて、最も深刻な指摘を受けやすいのが「未払いの残業代」問題です。以下に、特に注意が必要な「グレーゾーン」を挙げます。
1-1. 名ばかり管理監督者問題と是正リスク
管理監督者の適用範囲の誤解
労働基準法上の「管理監督者」は、労働時間、休憩、休日の規制が適用除外されるため、時間外労働や休日労働に対する割増賃金の支払い義務がありません(深夜労働は除く)。しかし、多くのベンチャー企業や成長企業で、「役職名」だけで管理監督者として扱い、残業代を支払わないケースが見受けられます。これが「名ばかり管理監督者」問題です。
DDにおける指摘ポイント:
- 労務に関する経営への参画:重要会議への出席など、人事労務の決定事項に深く関与しているか。
- 権限の有無:採用・解雇、人事評価、予算管理など、重要な人事権・裁量権を持っているか。
- 待遇の適格性:一般社員と比較して、地位にふさわしい十分な賃金(基本給・役職手当)が支払われているか。
管理監督者と認められない場合、過去3年間(遡及期間は法改正により延長傾向)にさかのぼって残業代の支払いが命じられる可能性があり、その影響額は多大に及ぶことも少なくありません。これは、上場後の特別損失につながる重大なリスクです。
1-2. 固定残業代(みなし残業代)制度の不備
多くのスタートアップで採用されている固定残業代制度は、その運用が不適切だと、残業代未払いとみなされます。
固定残業代が「グレー」になる条件:
- 明確な区別がない:基本給と固定残業代部分が、雇用契約書や給与明細で明確に区別されていない。
- 超過分の支払い:固定時間(例:40時間)を超えた残業時間に対する割増賃金が支払われていない。
- 計算根拠の不明確さ:固定残業代の計算根拠が、平均的な時間外労働を基にせず、恣意的に設定されている。
DDでは、「固定残業代の支払い対象となった時間を超えて残業が発生していないか」、「超過分を適切に支払い、その記録があるか」が厳しく問われます。
1-3. 労働時間の客観的把握の欠如
タイムカードやICカード、PCログなど、客観的な記録に基づかない労働時間管理は、未払い残業代のリスクそのものです。特に、事業場外みなし労働時間制や裁量労働制を適用している場合でも、始業・終業時刻の報告や在社時間の記録の証拠が必要です。
2. 有給休暇管理の「グレーゾーン」:法律違反リスク
全ての企業で「年5日の有給休暇(年休)の時季指定義務」が課されました。この義務の不履行は、法律違反であり、即座に是正を求められます。
2-1. 年5日取得義務の不履行
時季指定義務の記録と管理
「年5日取得義務」は、企業が従業員に対し、付与日から1年以内に最低5日間の有休を確実に取得させる義務です。
DDにおける指摘ポイント:
- 管理台帳の整備:従業員ごとの年次有給休暇管理台帳(付与日、取得日数、残日数、時季指定の有無)が整備されているか。
- 対象者の特定:10日以上の有休が付与される全従業員に対し、確実に5日以上取得させているか。
もし、この義務を履行していない従業員がいる場合、それは労働基準法違反(罰則:30万円以下の罰金)に該当し、是正勧告の対象となります。上場審査中に法令違反の事実が発覚することは、極めて大きなマイナス評価となります。
2-2. 取得時効の管理と過去のリスク
有休の取得時効は2年間です。取得されなかった有休が消滅する際の管理が杜撰だと、トラブルに発展する可能性があります。
IPO準備においては、過去2年間分の有休取得状況を監査法人や証券会社に提示することを要求される場合があります。このデータが正確に管理されていない場合、潜在的な未消化有休の引当金計上を求められるリスクがあります。

3. IPO準備企業が年内にすべき「労務DD」チェックリスト
これらの「グレーゾーン」を放置することは、上場スケジュールの遅延に直結します。年内(12月末まで)に以下の自己チェックと是正に着手することが、早期解決への近道です。
ステップ1:現状把握とリスクの特定
| 項目 | チェック内容 | 必要な是正措置(例) |
| 管理監督者 | 全管理監督者の職務権限、経営参画度、待遇を再評価したか? | 適用基準を満たさない場合、一般社員に戻し、過去3年間の未払い残業代を算定・支払う。 |
| 固定残業代 | 給与明細上で固定残業代と基本給が明確に分離されているか? | 分離されていない場合、給与規定と雇用契約書を改訂し、遡及して明確化する。 |
| 労働時間 | 全従業員について、客観的な記録(ICカード、PCログなど)に基づき労働時間を把握しているか? | 把握できていない期間がある場合、従業員からの自己申告と整合性を確認し、記録を補完する。 |
| 有休管理 | 年5日取得義務の対象者全員について、取得状況を管理台帳で確認したか? | 未達成者がいる場合、速やかに会社側から時季指定を行い、年内または年度内に確実に取得させる。 |
ステップ2:是正後の規程整備と記録
リスクが特定され、未払い精算や有休時季指定などの是正措置を講じた後は、再発防止のための仕組みづくりが必要です。
- 就業規則の改訂:管理監督者や固定残業代に関する規定を、法的な要件を完全に満たす内容に改訂し、労働基準監督署に届け出る。
- 勤怠管理システムの導入:客観的な打刻と残業時間の自動計算が可能なシステムを導入・運用し、労働時間管理の透明性を確保する。
- 教育・周知徹底:経営層、人事担当者、管理職に対し、正しい残業代・有休管理のルールを徹底的に教育し、コンプライアンス意識を高める。
まとめ:労務リスクの早期解決が上場への最短ルート
IPO準備における労務リスク、特に残業代と有休管理の「グレーゾーン」は、上場審査のボトルネックとなりやすい最重要課題です。
「当社は大丈夫だろう」という楽観的な判断は禁物です。IPOのDDでは、法律上のリスクだけでなく、潜在的な従業員とのトラブルや企業のガバナンス体制そのものが問われます。
早いうちに、社労士などの専門家と連携し、過去のリスクをクリーンにし、将来のコンプライアンス体制を構築することが、IPO成功への最も確実で迅速な道筋となります。
投稿者プロフィール

- 代表社員
- 開業社会保険労務士としては、日本で初めて証券会社において公開引受審査の監修を行う。その後も、上場準備企業に対しコンサルティングを数多く行い、株式上場(IPO)を支えた。また上場企業の役員としての経験を生かし、個々の企業のビジネスモデルに合わせた現場目線のコンサルティングを実施。財務と労務などの多方面から、組織マネジメントコンサルティングを行うことができる社会保険労務士として各方面から高い信頼と評価を得る。
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